歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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八幡宮の大銀杏





2010.03.11.thu
トップ画像


 2010年3月11日、東北地方太平洋沖地震の1年前のこの日、鎌倉を歩きました。とても衝撃的な光景をこの目に焼きつけようと出かけたのでした。


番外・神奈川徒歩々旅
ちょっと昔ばなし・2010年3月
八幡宮の大銀杏



鎌倉駅
 そこそこ早い時間に鎌倉駅に降り立ちました。


段葛
 段葛も空いています。この頃はソメイヨシノの並木でしたが、現在はジンダイアケボノの並木に。どうせ変えるなら玉縄桜にすればいいのに。


太鼓橋
 段葛の先には鶴岡八幡宮。


太鼓橋②
 太鼓橋からの境内はいつもと変わらない感じです。


人々
 多くの人がカメラを構えていました。レンズの先には……


イチョウ
 前日の強風で倒れてしまった大銀杏です。


上から
 石段は閉鎖されていました。上宮から見た大銀杏です。とても悲しい光景でした。


上から②
 ここには大銀杏が堂々と立っていたのですが。




f0379138_11550805.jpg 源実朝暗殺の際、公暁が身を隠していた大銀杏。数々の歴史を見てきたことでしょう。そんな大銀杏が倒れたと聞き、いてもたってもいられず駆けつけてしまいました。
 あるはずのものがない違和感と喪失感が押し寄せてくるのでした。県指定天然記念物でしたが解除されました。鎌倉のシンボルに再会するには、およそ1000年の時が必要なようです。

行程:鎌倉駅→段葛→鶴岡八幡宮→(長谷)

by akrk0911 | 2019-09-17 07:00 | ちょっと昔ばなし | Comments(0)
鎌倉市浄明寺・十二所の文化財



文化財ファイル
Kanagawa Treasurer



鎌倉市 浄明寺・十二所



鎌倉市浄明寺3丁目8-31浄妙寺



石造 宝篋印塔(明徳三年銘・伝足利貞氏墓)
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1966年7月12日 指定
数量:1基

宝篋印塔 本堂の裏の目立つところにありますがひっそりとしています。足利貞氏は言わずと知れた室町幕府初代征夷大将軍、足利尊氏の父親です。その足利貞氏の墓と伝えられている宝篋印塔です。

紙本淡彩 地蔵菩薩像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1972年12月12日 指定
数量:1幅


木造 退耕禅師坐像
もくぞう たいこうぜんじざぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
1942年12月22日 指定
数量:1躯

 鎌倉時代。寄木造。通常の頂相の形をとり、衣文はかなり簡略化しているが、面相は個性的である。[神奈川県文化財目録]


木造 阿弥陀如来立像
もくぞう あみだにょらいりゅうぞう
【県指定重要文化財 彫刻】
2001年2月13日 指定
数量:1躯
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代。ヒノキ材の割矧ぎ造、玉眼嵌入、金泥塗り仕上げの三尺阿弥陀。鎌倉地方彫刻の成立期の像。[神奈川県文化財目録]


木造 荒神立像
枯山水【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1986年10月11日 指定
数量:1躯


木造 釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
2002年11月15日 指定
数量:1躯


紙本墨書 浄妙寺文書
【鎌倉市指定有形文化財 書跡】
1971年9月11日 指定
数量:3巻(9通)


紙本墨書 神明鏡
【鎌倉市指定有形文化財 典籍】
2017年9月1日 指定
数量:上下 2冊
所在:鎌倉国宝館


浄妙寺境内
じょうみょうじけいだい
【国指定史跡】
1966年11月2日 指定

参道 鎌倉時代の創建にかかり、室町時代、足利義満の時に設けられた鎌倉五山としてつとに著名である。いずれも現在の境内はもちろん、つとめて明治以前の旧規にのっとり、往時の寺観、規模を保護する。
[国指定文化財等データベース]

 鎌倉五山第五位。文治四年足利義兼創建の極楽寺を改称したと伝える。塔頭20を数えたがすべて廃絶した。
[神奈川県文化財目録]

 かつては多くの塔頭(たっちゅう)を擁する広大な敷地を持っていたのですが、その多くを火災で失ったそうです。その名残で地名が「浄明寺」なのですが、名刹に敬意を表してか、「妙」を「明」の字に変えています。


鎌倉市浄明寺3丁目8-31


庚申塚
庚申塚(いなり道)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1976年12月14日 指定
数量:1基
所有者:鎌倉市

 浄妙寺の山門の少し手前を右折し、すぐに突き当たりを左折、道なりに進むとこの庚申塚があります。なかなか足を運ぼうと思わない立地ですが、斜面に点在する石造物群は見応えがあります。


鎌倉市浄明寺2丁目7-4報国寺



絹本著色 花鳥図
けんぽんちゃくしょく かちょうず
【県指定重要文化財 絵画】
1953年12月22日 指定
数量:2幅
所在:鎌倉国宝館

 明時代。花、鳥、虫の細部にいたるまで実に刻銘に描写され、写生画として立派になりたつものである。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 羅漢図
けんぽんちゃくしょくらかんず
【県指定重要文化財 絵画】
1954年7月27日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館

 室町時代。羅漢像として様式的に特色はないが、背後の衝立に水墨をもって山水画を描いている。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 在中広衍像
けんぽんちゃくしょく ざいちゅうこうえんぞう
【県指定重要文化財 絵画】
1965年5月14日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館

 南北朝時代(嘉慶2年)。当画像は頂相としては珍しく墨画で描かれている。日本墨画の先駆的な作例である。[神奈川県文化財目録]


紙本著色 暘谷乾幢像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1969年10月18日 指定
数量:1幅

竹林
絹本著色 文殊大士像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1971年9月11日 指定
数量:1幅


紙本墨画 十六羅漢図
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1975年4月10日 指定
数量:1幅


紙本著色 洋乎和尚像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1989年10月12日 指定
数量:1幅


絹本著色 羅漢図
画像情報【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
2004年11月17日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館


木造 釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1972年12月12日 指定
数量:1躯


木造 仏乗禅師坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1987年10月14日 指定
数量:1躯


銅造 古鏡
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
1969年10月18日 指定
数量:1面


紙本墨書 東帰集(伝仏乗禅師筆)
しほんぼくしょ とうきしゅう(でんぶつじょうぜんじひつ)
【国指定重要文化財 書跡】
1926年4月19日 指定
数量:1巻
附)絹本著色仏乗禅師像 1幅
  堆朱印櫃入木印 2顆
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代。報国寺開山天岸慧広の自筆といわれる漢詩および偈二百首余を収録したものである。[神奈川県文化財目録]


紙本墨書 仏乗禅師度牒
紙本墨書 仏乗禅師戒牒

しほんぼくしょ ぶつじょうぜんじどちょう
しほんぼくしょ ぶつじょうぜんじかいちょう
【国指定重要文化財 書跡】
1926年4月19日 指定
数量:2点
仏乗禅師度牒 1通
仏乗禅師戒牒 4幅
所在:鎌倉国宝館
※仏乗禅師度牒:弘安九年十一月八日とある
※仏乗禅師戒牒:弘安元年十一月八日とある


 鎌倉時代。得度し、比丘になったことを政府が証明したものが度牒で、戒を受けたことを証明して出されるのが戒牒である。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市浄明寺2丁目6-7



旧華頂家住宅主屋
きゅうかちょうけじゅうたくしゅおく
【国登録有形文化財 建造物】
2006年10月18日 登録
旧華頂宮邸
【鎌倉市指定景観重要建築物等】
華頂家2006年4月1日 指定
数量:1棟
所有者:鎌倉市

 敷地北寄りに建ち、南にフランス式庭園を配す。木造2階建、地階及び屋階を設け、切妻造、銅板葺。外観はハーフティンバー形式で一部タイル貼とする。内部は前後2列に室を配し、背面に平屋のサービス棟を附属する。幾何学的な庭園と共に端正な趣の景観を形成。
[国指定重要文化財等データベース]

 賑わう報国寺の奥の谷戸に佇む素晴らしい西洋館です。ちょっと言葉を失う美しい庭園です。訪れたのは春の大型連休でしたが、人影はほとんどなく、時の経つのを忘れる静けさでした。鎌倉観光の際はぜひ訪れてほしいところです。


鎌倉市浄明寺5丁目1-23



旧一条恵観山荘
きゅういちじょうえかんさんそう
【国指定重要文化財 建造物】
1964年5月26日 指定
1960年5月17日 県指定
数量:1棟
所有者:財団法人茶道宗徧流不審庵

ルパン 江戸時代初期。旧所在京都府京都市北区西賀茂川上町。江戸時代初期の貴族の茶屋の傑出した遺構である。
[神奈川県文化財目録]

 県道からチラリと見ることができます。「建物見学」実施日が公式サイトで公開されています。行ってみねば。


鎌倉市十二所32明王院



木造 不動明王坐像
もくぞう ふどうみょうおうざぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
2012年9月6日 指定
明王院説明板数量:1躯

 鎌倉時代。鎌倉五大堂の本尊、五大明王像の中尊にあたるとみられる作例であり、その作者は当代の代表的な仏師の一人、肥後定慶であるとする説がある。[神奈川県文化財目録]


木造 五大明王像(中尊除く)
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1982年4月13日 指定
数量:4躯
附)像内納入品
2013年3月12日 内容変更


紙本墨書 明王院文書
しほんぼくしょ みょうおういんもんじょ
【県指定重要文化財 書跡】
1975年2月7日 指定
数量:4巻 19通
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代~江戸時代。鎌倉時代5通、南北朝時代11通、室町時代7通の文書からなり、鎌倉時代の文書には異国降伏祈祷記などが含まれている。[神奈川県文化財目録]


紙本墨書 法華堂文書
しほんぼくしょ ほっけどうもんじょ
【県指定重要文化財 書跡】
1975年2月7日 指定
数量:1巻 27通
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代~江戸時代。源頼朝の持仏堂が、彼の死後廟所となったのが法華堂でここに伝来した一巻二十七通の中世文書が法華堂文書で、現在は明王院が所蔵する。[神奈川県文化財目録]


庚申塔(正徳二年銘)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1965年3月30日 指定
数量:1基


鎌倉市十二所793光触寺



紙本淡彩 頬焼阿弥陀縁起
しほんたんさい ほほやきあみだえんぎ
【国指定重要文化財 絵画】
1900年4月7日 指定
数量:2巻
所在:鎌倉国宝館

光触寺山門 鎌倉時代。本尊の阿弥陀如来像に関する伝説の絵巻物。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 阿弥陀三尊像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1969年10月18日 指定
数量:1幅


紙本著色 頬焼阿弥陀縁起絵巻模本
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1988年10月12日 指定
数量:2巻


木造 阿弥陀如来及両脇侍立像
もくぞう あみだにょらいおよびりょうきょうじりゅうぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
1923年8月4日 指定
数量:3躯

 鎌倉時代。寄木造。寺伝では同寺に伝わっている頬焼阿弥陀縁起絵巻に出てくるのは本像であるとする。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市十二所・横浜市



朝夷奈切通
切通あさいなきりどおし
【国指定史跡】
1969年6月5日 指定
2003年8月27日 追加指定
2007年7月26日 追加指定
2008年7月28日 追加指定

 鎌倉七切通しの一つで、1240年(仁治元年)、北条泰時(やすとき)により鎌倉と金沢・六浦を結ぶ道として造られました。
 いつ頃完成したかははっきり分かっていませんが、あまりに早くこの道が完成したため、朝比奈三郎義秀(あさひなさぶろうよしひで)という豪傑(ごうけつ)が一夜でこの峠を切り開いたという伝説ができました。
 今は別に新道が開かれたので、この道を通る人はあまりいませんが、鎌倉時代のおもかげをよく残しているので国の史跡として保護されています。
[鎌倉市:史跡がいっぱい!]

 見所の多くは横浜市側にあります。



文化庁:国指定文化財等データベース●2019年
神奈川県文化財目録●2019年5月1日
鎌倉市指定文化財一覧表●2019年2月20日
鎌倉の景観重要建築物等一覧表●2019年5月22日



Index 文化財ファイル



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by akrk0911 | 2019-07-12 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)
鎌倉市大町の文化財



文化財ファイル
Kanagawa Treasurer



鎌倉市 大町


鎌倉市大町1丁目15-1妙本寺



木造 妙本寺祖師堂
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
2016年2月17日 指定
数量:1棟

祖師堂 大きく立派なお堂です。比企能員の史跡と合わせて興味深い妙本寺。本堂とは別のこの祖師堂。祖師堂とは開山者や宗祖の像を安置するお堂だそうです。


木造 日蓮坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1965年10月13日 指定
数量:1躯

 私が訪れたときは「立教開宗慶讃千部会法要(せんぶえほうよう)」が行われていました。祖師堂に安置されている日蓮像がこの像ならば見ることができました。そうなのかなあ?

木造 宝冠釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
2002年11月15日 指定
数量:1躯


雲版
うんぱん
【国指定重要文化財 工芸品】
1969年6月20日 指定
数量:1面
建武四年三月五日大工清原宗広の刻銘がある

 室町時代。銅製鋳造。時を告げる合図などに使われた。形姿が雲形ゆえ雲版と呼ばれている。[神奈川県文化財目録]


木造 散蓮華蒔絵前机
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
1975年4月10日 指定
数量:1基
いちょう

イチョウ
【鎌倉市指定天然記念物】
1974年4月10日 指定
数量:1株

 祖師堂に向かって右側の墓所に天を突くように立っています。初見は若葉が萌え始めた時期でしたが、やはり黄葉の時季に訪れたいものです。


鎌倉市大町


伊藤邸(旧望洋楼)
【鎌倉市指定景観重要建築物等】
1990年12月1日 指定
数量:1棟
所有者:個人

 とある方のブログ記事を頼りにそれらしき辺りを探したのですが、見つかりませんでした。


鎌倉市大町1丁目11-22八雲神社



銅造 観音菩薩御正体
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
2005年11月10日 指定
数量:1面


八雲神社の庚申塔庚申塔(寛文十年銘)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1965年3月30日 指定
数量:1基

 参道にひっそりと建っています。笠付きの立派な庚申塔ですが、なかなか人目を引くには至っていませんでした。


鎌倉市大町1丁目4-29教恩寺



木造 阿弥陀如来及び両脇侍立像
もくぞう あみだにょらいおよびりょうきょうじりゅうぞう
【県指定重要文化財 彫刻】
1978年11月17日 指定
数量:3躯

 鎌倉時代。寄木造。穏やかな衣文の刻出や目尻の吊り上がった厳しい表現に快慶風の作風を感ぜられる像である。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市大町1丁目11-4別願寺



石造 宝塔
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1971年9月11日 指定
宝塔数量:1基

 足利持氏の供養塔とされる大きな宝塔です。現代の一般的な墓石に比べるとその大きさがよくわかります。鳥居が浮き掘られているのが印象的でした。

太平尼寺出土品
【鎌倉市指定有形文化財 考古資料】
1974年4月10日 指定
数量:2個
 青磁蓋付文壷 1個
 古瀬戸黄緑釉尊形花器 1個


鎌倉市大町3丁目1-22安養院



安養院宝篋印塔
あんよういんほうきょういんとう
【国指定重要文化財 建造物】
1954年3月20日 指定
数量:1基

宝篋印塔 鎌倉時代。相輪は後補。台座上部の蓮弁および側面の格狭間は、よく時代の特徴をあらわしている。[神奈川県文化財目録]

 本堂裏の大きな宝篋印塔は浄土宗名越派開祖尊観上人の墓と言われるものです。すぐそばには北条政子の墓とされる小振りな宝篋印塔があります。

木造 願行房円満上人坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1991年10月11日 指定
数量:1躯


マキマキ
【鎌倉市指定天然記念物】
1973年4月11日 指定
数量:1株

 八方に枝を伸ばしたマキ。夏は心地よい木陰となることでしょう。蚊もいるでしょうが。


鎌倉市大町4丁目7-4妙法寺



木造 妙法寺表門
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1995年10月13日 指定
数量:1棟

表門 残念ながら門は閉ざされています。境内への参道はこの左側にあります。

板絵著色金彩 本堂障壁画
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1994年10月11日 指定
数量:1具
 花卉折枝図天井(格天井) 100面
 巻雲波涛図天井(格天井) 80面
 郭巨図板戸 4面
 孟宗図板戸 4面
 鳳凰図板戸 8面
 松梅瑞亀図板戸 8面
 梅ニ尾長鳥図板戸 8面
 松図天袋引戸 2面
 獅子図腰板戸 4面
 絵小壁 45面
附)絹本著色 細川耇姫像 1幅


鎌倉市大町4丁目4-18安国論寺



紙本著色 日蓮上人松葉谷行状図
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1988年10月12日 指定
数量:1幅


紙本著色 日蓮聖人註画讃
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
2016年2月17日 指定
数量:1巻
所在:鎌倉国宝館


安国論寺遺跡出土の埋納品
【鎌倉市指定有形文化財 考古資料】
2014年2月14日 指定
数量:1括


ヤマザクラサザンカ

ヤマザクラ(市原虎の尾)
【鎌倉市指定天然記念物】
1976年4月13日 指定
数量:1株

 一般的に思いつくヤマザクラとは趣の異なる八重の白い花でした。

サザンカ
【鎌倉市指定天然記念物】
1977年6月11日 指定
数量:1株

 花の季節を外してしまいました。いずれ花を愛でに行きたいものです。


鎌倉市大町



大町釈迦堂口遺跡
おおまちしゃかどうぐちいせき
【国指定史跡】
2010年8月5日 指定

画像情報 総数64基のやぐらと、13~14世紀に造成された平場の建物等の遺構が、一体で遺存している数少ない貴重な場所であり、鎌倉において宗教的な目的で行われたと考えられる谷戸の開発と祭祀信仰のあり方を知る上で重要。[神奈川県文化財目録]

 立ち入り禁止なのが残念です。64基あるらしいやぐらですが、帰宅後に写真を見て1基のみ確認でしました。木々が葉を落とした真冬ならもっと見えるのでしょうか。


鎌倉市大町・逗子市名越切通



石造 石廟
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1973年4月11日 指定
数量:2基
所有者:個人

 ハイキングコースにもなっている国指定史跡名越切通の指定範囲内にあります。見所の多いコースなのでぜひとも訪れてほしいところです。
石廟①石廟②


名越切通
なごえきりどおし
【国指定史跡】
1966年4月11日 指定
1981年10月13日 追加指定
1983年11月26日 追加指定
2008年7月28日 追加指定
2009年7月23日 追加指定

 指定範囲の主だった資産は逗子市側にあります。



文化庁:国指定文化財等データベース●2019年
神奈川県文化財目録●2019年5月1日
鎌倉市指定文化財一覧表●2019年2月20日
鎌倉の景観重要建築物等一覧表●2019年5月22日



Index 文化財ファイル



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by akrk0911 | 2019-07-10 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #7
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 境内に響く「南無妙法蓮華経」。これはただ事ではないと急いで声のする方へ行ってみると。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #7
2019年4月13日(土)


 ***


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▲子どもたちが
 なんでしょう、着飾った子どもたちが歩いてきました。


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▲祖師堂の方へ
 二天門をくぐり子どもたちが祖師堂へと進んでいきます。


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▲子どもが進めば
 子どもたちが進むと保護者たちが一緒に進みます。


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▲僧侶がつづきます
 子どもたちのあとに読経をしながら僧侶がつづきます。


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▲一行は祖師堂へ
 祖師堂で何やら法要が始まりそうです。


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▲千部会法要
 これは「立教開宗慶讃千部会法要(せんぶえほうよう)」。日蓮が朝日に向かって「南無妙法蓮華経」を唱えて日蓮宗の開宗を宣言したのが4月だそうで、それを讃える法要なのだとか。
 子どもたちはお稚児といい、日蓮に献花をするのだそうです。


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▲お役を終えたお稚児さんたち
 お稚児は惣門脇にある比企谷幼稚園の子どもたち。お役を終えてあちらこちらで記念撮影が行われていました。いい思い出でしょうね。


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▲爽やかな空
 天気もよくとても爽快な一日でした。


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▲方丈門
 方丈門をくぐり、あとは惣門を出て鎌倉駅へ……。と方丈門脇の境内案内図を見て思い出しました。もうひとつ行くところが。


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▲蛇苦止堂
 方丈門に向かって左へ進むと蛇苦止堂(蛇苦止明神)に行き当たります。明神というから手を叩いたのですが、お堂なのですよね。念のため手を叩かずにもう一度手を合わせました……。


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▲蛇苦止堂の池
 いい感じの池がありました。


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▲蛇苦止の井
 こちらには井戸があります。蛇苦止の井(じゃくしのい)です。
 比企一族が滅んだのは比企の変。その際に比企能員の娘、二代将軍の妻である若狭局は家宝を抱えてこの井戸に身を投げたのだそうです。いまでも若狭局は蛇に姿を変えて家宝を守っているとのことです。
 この井戸は先ほど訪れた六方の井とつながっていて、若狭局が往き来しているのだとか。六方の井の水面がさざ波立っているときは、若狭局がいるのだとか。


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▲谷戸の路地を戻ります
 歴史は恐ろしげですが谷戸の風景は爽やかです。


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▲夷堂橋
 妙本寺の惣門を出てまっすぐ進むと夷堂橋。大町はここまで。滑川に架かるこの橋を渡れば小町です。見えているお寺は本覚寺。そちらは小町の旅で訪れましょう。


 ***


 私には縁のない日蓮宗のお寺が多い大町でした。まさかの法要で静かな大町の旅は一転しました。とても賑やかでした。
 その後訪れた蛇苦止堂はひっそり。最後はこの日を象徴するような静寂で締めることができました。まあ、そのあと大賑わいの鎌倉駅で疲れちゃいましたが。


行程:→妙本寺→蛇苦止堂→夷堂橋→鎌倉駅
歩行距離:11.52km 歩行時間:4時間51
交通費:604
拝観料:500円(安国論寺:100円、妙法寺:300円、安養院:100円)

by akrk0911 | 2019-04-23 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市大町の旅 #6
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 大町の旅は大詰め。日蓮宗のお寺を巡ります。スゴい歴史のある場所です。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #6
2019年4月13日(土)


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▲常栄寺
 八雲神社から細道を進むと常栄寺があります。通称は「ぼたもち寺」。幕府に捕らわれ刑場に送られる日蓮にぼた餅を振る舞った老婆がここに住んでいたことが由来だそうです。


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▲ぼたもち寺
 その後日蓮は処刑を免れたことから、その9月12日にはごまをまぶした厄除けの「首つなぎぼたもち」が振る舞われるそうです。
 でも9月なら「ぼた餅」ではなくて「おはぎ」なんではないの?


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▲妙本寺惣門
 さらに細道を進んで妙本寺へ。大町のなかでも大きなお寺です。


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比企能員邸址の碑
 一帯は比企谷(ひきがやつ)という谷戸。妙本寺は比企能員(ひきよしかず)の邸宅跡に建てられたお寺です。比企能員は頼朝の乳母、比企の尼の養子。頼朝からの信頼も厚く、頼朝の妻北条政子はここで後の二代将軍、頼家を出産したそうです。
 その頼家に寵愛されたのが能員の娘、若狭局(わかさのつぼね)。若狭局は頼家との間に子をもうけたものの、頼家が病になると政子は、頼家の権力を二分し、頼家の弟である後の三代将軍実朝に渡そうとしました。次の将軍に実朝を推す北条。それが不満の比企能員は北条を倒そうと企てるも、逆にこの地で比企一族は滅ぼされたのだそうです。この一件は比企の変と呼ばれています。


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▲歴史とは無縁の参道の新緑
 なんともスゴい歴史がうごめいた地です。それが嘘のようなこの景色。


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▲二天門
 惣門からだいぶ歩いて二天門へ。


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▲日蓮像
 妙本寺は日蓮宗のお寺です。最古の日蓮宗のお寺とのこと。開基は比企能員の末子である比企能本。日蓮は能本の父、能員に「長興」、母に「妙本」という法号を与え、寺を長興山妙本寺と名づけたのだそうです。


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祖師堂
 大きな大きな祖師堂です。本堂かと思ったら違いました。木造妙本寺祖師堂は鎌倉市指定有形文化財です。


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▲八重桜と祖師堂
 八重桜が咲いていました。そんな時季なのですねえ。


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▲新緑と祖師堂
 大きな祖師堂は色々なアングルから絵になりました。


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▲イチョウ
 境内には鎌倉市指定天然記念物のイチョウがあります。


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▲イチョウの芽吹き
 そのイチョウ、高いところでは新しい葉が芽吹いているようでした。


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万葉集研究遺跡
 境内にある万葉集研究遺跡の碑。この場所には新釈迦堂というお堂があったそうです。このお堂の僧がここで万葉集の研究をしたとのことです。
 いま流行りの万葉集です。


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▲本堂
 こちらが本堂。うっかりすると見落としてしまうでしょう。


 ***


 さて、普通に妙本寺を紹介しましたが、実はこの日は普通の日ではありませんでした。惣門をくぐり長い参道をのんびり歩いていると「南無妙法蓮華経」の野太い声が境内に響き始めたのです。
 これはただ事ではないぞと駆け足で二天門へ。二天門からここまでの写真は「ただ事ではない」一件のあとに撮影したものです。その一件はこのあとすぐ。


行程:→常栄寺→妙本寺→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-22 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市大町の旅 #5
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 鎌倉を語る上で外せない尼将軍関連の史跡に出くわしました。それくらい調べておきなさいよって感じですが。
 そして絶景も。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #5
2019年4月13日(土)


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▲安養院山門
 久々に県道311号に戻り鎌倉駅方面へ。
 こちらは浄土宗の安養院。寺号を長楽寺といいますが安養院と呼ばれています。ちなみに山号は祇園山です。


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▲安養院宝篋印塔
 本堂裏手にとても大きな宝篋印塔があります。国指定重要文化財の安養院宝篋印塔です。1308年のもので、浄土宗名越派開祖である尊観を供養する塔だそうで、鎌倉最古の塔と言われています。
 とても大きいです。隣の宝篋印塔と比べるとその巨大さがわかります。


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▲隣の宝篋印塔
 さて、隣のその宝篋印塔ですがスゴいものでした。北条政子の供養塔と言われているそうです。
 元々長楽寺は政子が頼朝を弔うために長谷に建てたお寺。その長楽寺が焼失したのちにこちらへ移ってきたそうです。しかしまた焼失。頼朝に仕えた武士、田代信綱が建てた田代寺の観音堂を当地に移築し再建されたそうです。
 安養院は政子の法名。のちに長楽寺の院号とされ、このお寺は安養院と呼ばれ親しまれているのです。


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▲桜、ツツジそして
 桜がまだ元気でした。ツツジもだいぶ咲いています。でも主役は後ろの大木。


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▲マキ
 本堂の前に堂々と立つマキは鎌倉市指定天然記念物です。
 安養院は鎌倉市指定有形文化財の木造願行房円満上人坐像を所有しています。


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▲別願寺
 安養院から県道311号を少し鎌倉方面へ行くと別願寺があります。こちらは時宗のお寺。室町時代には足利氏が信仰したそうです。


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▲石造宝塔
 鎌倉市指定有形文化財の石造宝塔は足利持氏の供養塔と言われているそうです。鳥居が浮き彫りにされていますが、これは持氏の怒りを鎮めるためなのだそうです。
 別願寺は鎌倉市指定有形文化財の別願寺文書太平尼寺出土品 (青磁蓋付鎬文壷・古瀬戸黄緑釉尊形花器)を所有しています。


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▲八雲神社鳥居
 別願寺からさらに鎌倉駅方面へ行くとすぐに「八雲神社はこちら」の案内があります。案内に従って路地へ入ると八雲神社はすぐです。


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庚申塔
 鳥居をくぐると左手に庚申塔(寛文十年銘)があります。鎌倉市指定有形民俗文化財です。たくさんの人がいましたが立ち止まる人はいませんでした。


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▲拝殿
 鎌倉市指定有形文化財の銅造灌仏盤もこちらの所有です。


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▲登山口!
 八雲神社の裏には見晴台というところがあるので行ってみようと思うと登山口の案内標識。登山かよ。神社の裏のちょっとした高台かと思ったらハイキングコースでした。


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▲ハイキングコース
 確かに登山です。妙法寺といい予期せぬ登山にちょっとうれしかったりして。トレッキングシューズを履いていてよかったです。


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▲祇園山見晴台
 ここは祇園山ハイキングコースの見晴台。祇園山ハイキングコースというのがあったのですね。
 祇園山、先ほど訪れた安養院の山号ではありませんか。なるほど。


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▲見晴台からの見晴らし
 見晴台はその名の通り絶景でした。大島や稲村ヶ崎がよく見え、伊豆半島や箱根、雲がかかってしまいましたが富士山も見えました。ぎりぎり丹沢の南部が見え隠れもしていました。


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▲八雲神社前の道
 八雲神社を出たら元来た道を道なりに進みます。


 ***


 立派な国指定重要文化財の宝篋印塔の脇に北条政子の供養塔がひっそりとありましたよ。安養院ってそういうお寺だったのですか、と、相変わらずの無知っぷりです。


行程:→安養院→別願寺→八雲神社→見晴台→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-21 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #4
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 大町の旅は谷戸の奥の奥へ。春の色満載の谷戸の奥にちょっと残念な扱いの史跡たちです。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #4
2019年4月13日(土)


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▲逆川ふるさといきものの里
 妙法寺からだいぶ歩いてきました。滑川の支流逆川(さかさがわ)の、銘板もない橋の上にいます。逆川ふるさといきものの里という看板があり、ホタルやモクズガニの生息地なのだそうです。
 ここの景色は素晴らしかったです。もう少し前ならソメイヨシノが咲き誇っていたのでしょう。


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▲ここにいます・そこに行きます
 場所は説明しづらいのでこんな感じです。妙法寺から歩いて現在地にいます。ここから黄金やぐら、現在地に戻って大町釈迦堂口遺跡、釈迦堂切通、六方の井の順番に回ります。ネタバレです。


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▲気持ちのいい谷戸
 好天の下、素晴らしい谷戸を歩きます。こんなところに生まれ育っていたらだいぶ違う私になっていたでしょう。これは絶対にそうだと思います。絶対に。言いわけ。


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▲こんなところに
 うっかり通りすぎてしまいました。これは気づかないなあ。黄金(こがね)やぐらです。
 地図にものっていない史跡です。ストリートビューで「逆川ふるさといきものの里」周辺を調べているときに、偶然「黄金やぐら 200m」の案内標識を見て知ったのです。よくよく調べてみると案内標識から200メートルなんてウソっぱち。黄金やぐらを見つけた人のとあるブログがなかったらたどり着けませんでした。


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▲黄金やぐら
 道路から降りることができたので近寄ってみました。ポッカリ口を開けていました。中はよく見えませんでした(怖いからあまりよく見ませんでした)が水があるそうです。その水のなかでヒカリゴケが光っていたのでこの名がついたようですが、現在ではヒカリゴケはないそうです。


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▲衣張山登山口方面へ
 黄金やぐらから銘板のない橋へ戻り、衣張山登山口方面へ向かいます。ここは大町釈迦堂口遺跡と釈迦堂切通の分岐点です。
 衣張山がきれいです(どこが頂上なのか、頂上は果たして写っているのかはわかりませんが)。もう少し季節が進むと萌えるような新緑なのでしょうが、芽吹く前の木や、ところどころに花が見られるこのタイミングが好きです。


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▲衣張山登山口
 登ってしまいたい気持ちを押さえ込み直進します。


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▲大町釈迦堂口遺跡
 国指定史跡の大町釈迦堂口遺跡です。ここからは立ち入り禁止です。


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▲これが限界
 大きな石に上がり、腕を目一杯伸ばして撮った写真です。奥の崖中央やや下にやぐらが一基写っていましたが、それだけでした。
 二階堂の永福寺跡のような整備がされたらなあと思いました。


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▲釈迦堂切通
 こちらは崩落の危険があるので立ち入り禁止の釈迦堂切通。ここが通れれば二階堂との行き来が容易なのですが。
 上の方の掘削跡はまだ上部も切り開く予定だった跡でしょうか。完全に切通す予定だったのかな?


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▲色々な色が色々
 次へと進む道中の素晴らしいこと! 決して派手に感じないのはなぜでしょう。


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▲地図にはない道を
 次の六方の井へは地図にはない道(あとで調べたら地理院地図には標記がありました)を手探りで歩きます。ほんとにこっちでいいのか? 不安になります。


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▲六方の井
 ありました。よかったあ。


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▲将軍の妻の逸話が
 井戸ですから当然飲用されていたのですが、現在では深い緑色の水が「飲んだらキケン」と言っていました。
 この井戸は一度も枯れたことがないそうです。井戸のなかに竜頭という出っ張りがあり、水位がそこまで下がると雨が降るのだそうです。
 また、二代目将軍、源頼家の妻(誰が正室なのかわからないそうですが)に関する逸話も残っていますが、それはのちほど。


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▲大宝寺
 六方の井からやや大きな道に戻り少し歩くと右手の路地に日蓮宗の大宝寺があります。
 門柱の横には佐竹屋敷跡の碑があります。佐竹氏の祖先、新羅三郎源義光が兄である源義家とともに後三年の役(1083年)を鎮めたのち、ここが佐竹氏の居館となったそうです。佐竹を名乗るようになったのは義光の孫、昌義が常陸国久慈郡佐竹郷に住んでいたころのこと。
 佐竹といえば現在の秋田県知事、佐竹敬久はこの佐竹氏の流れを汲んでいるようです。


 ***


 少々寂しい扱いの史跡たち。鎌倉市のがんばりに期待したいのですが……。六方の井は個人所有でしょうか? こちらは大事にされていることが伝わってきました。
 谷戸の風景、町並みは素晴らしいものでした。


行程:→黄金やぐら→大町釈迦堂口遺跡→釈迦堂切通→六方の井→大宝寺→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-20 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #3
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 日蓮の史跡が多い大町。次のお寺も日蓮がらみの史跡です。予期せず登山気分も味わいます。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #3
2019年4月13日(土)


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▲妙法寺道
 安国論寺前の交差点から妙法寺道がはじまります。


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▲妙法寺総門
 妙法寺の山門、木造妙法寺表門は鎌倉市指定有形文化財、室町時代の建立です。戸が閉められているのが残念。


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▲受付
 受付で拝観料を納めると火のついた線香をいただきました。こういうのははじめてです。


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▲本堂
 妙法寺は日蓮が当地、松葉ヶ谷を布教の拠点として小庵を結んだ場所に創建された霊跡寺院で、のちに将軍家、徳川御三家、肥後細川家の帰依を受けたそうです。
 本堂は細川斉樹が幼くして亡くなった娘を弔うために建立されたとのことです。
 本堂の板絵著色金彩本堂障壁画は鎌倉市指定有形文化財です。


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▲仁王門
 受付で境内の案内図がのったパンフレットをいただきました。「上まで行けますよ」と教わったので案内図を見ながら本堂裏へ。少し階段を上がると仁王門です。


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▲苔石段
 仁王門の向こうには杉本寺にも負けない苔の石段が現れました。こんなところがあるなんて知らなかったのでビックリです。
 苔石段は一部を除いて立ち入り禁止なので横にある恐ろしく急な階段を上りました。最近、だいぶ(ほんの少し)高所恐怖症が改善してきました。


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▲法華堂
 急な階段の上にある法華堂。


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▲松葉谷御小庵跡
 法華堂からさらに階段を上がると松葉谷御小庵跡がありました。日蓮が20年に渡り住んだ場所だそうです。
 この小庵にまつわる逸話に松葉谷法難があります。
 夕べの読経をしていたある夜、袖を引く白い猿に導かれるままについて行った日蓮。小庵の方で人々の声が聞こえてきました。それは日蓮に危害を加える企てであり、白い猿がそのことを日蓮に知らせにきたのであろうと感謝したそうです。
 白い猿? 衣張山登山の際にそんな話がありました。でも少し違うなあ。


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▲完全に登山道
 小庵からは南北に道があります。まずは左方向の北側へ。もう登山道以外の何ものでもありません。


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▲稲村ヶ崎
 樹間に稲村ヶ崎。箱根や富士山、大島、伊豆半島も見えたのですが、ピンぼけ……。


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▲南の方御墓
 こちらは南の方御墓。南の方は妙法寺の中興の祖である日叡の母。日叡についてはのちほど。


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▲日叡上人御墓・日蓮聖人塔
 その日叡の墓と日蓮の塔なのだそうですがどれがどれやら……。


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▲南側へ
 小庵跡に戻り南側へ。こちらも登山。


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▲大塔宮御墓
 南側には大塔宮の墓が。大塔宮とは後醍醐天皇の息子の護良(もりなが)親王のこと。このブログでは度々登場する神奈川県の歴史の重要人物。
 あれ、二階堂にもお墓がありましたねえ。そちらは宮内庁の管轄でしたが。
 先ほどの日叡は護良親王の息子です。


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▲大塔宮御墓からの眺望
 大塔宮御墓からはご覧の眺望。山に囲まれ、鎌倉が天然の要塞であることがよくわかります。遠くには箱根と富士山。


 ***


 まさかここで山に登るとは思いませんでした。妙法寺の受付の人に教わらなかったら気づかなかったかもしれません(安国論寺みたいに)。
 なるほど、日蓮と大町とはそんな関係だったのですね。つづいては日蓮から離れて、鎌倉の谷戸の奥の奥へと進んでいきます。


行程:→妙法寺→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-19 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #2
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 ♪ツツジは咲いたか 桜は散ったかいな

 ソメイヨシノは葉桜となりツツジがちらほら咲き始めています。でも、桜だってまだがんばっていました。桜田某は大臣だけでなく議員職からも散ってください。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #2
2019年4月13日(土)


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▲次なる目的地へ
 日蓮乞水から名越踏切へ戻り再び横須賀線の北側へ。すぐに県道から外れこんな道を歩きました。右側の花が咲いているお宅が見事でした。


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▲絵にも描けない美しさ
 ソメイヨシノの葉桜がこんなに美しいとは。濃淡のツツジと見事な一幅の絵になっていました。


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▲建物も美しく
 こちらのお宅は建物も素晴らしかったです。


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▲安国論寺
 そんな気持ちいい道をぶらぶら歩いて到着したのは安国論寺(あんこくろんじ)。特にひらがなにするとスゴい名前ですよね。


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▲山門
 シダレザクラの咲いている姿を想像するしかない山門の風景でした。


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▲美しい境内
 山門をくぐった瞬間からため息が出ました。色が溢れています。


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▲本堂
 本堂を囲む新緑に心踊ります。


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▲サザンカ
 安国論寺にはふたつの鎌倉市指定天然記念物があります。こちらはサザンカ。さすがに花はありません。どんな色のサザンカなのでしょう。


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▲ヤマザクラ
 こちらはヤマザクラ。こちらもさすがに……


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▲白いヤマザクラ
 咲いていましたよ。私が知るヤマザクラとはだいぶ雰囲気が違います。白い八重の桜でした。私がヒヨドリならむしゃむしゃ食べてしまうであろう、おいしそうな花でした。


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▲日蓮上人草庵阯
 安国論寺は日蓮が千葉の小湊から移り住み、洞窟にこもり「立正安国論」一巻を書き上げたといわれる場所だそうです。
 また、鎌倉市指定有形文化財の紙本著色日蓮上人松葉谷行状図を所有しています。この辺りは松葉ヶ谷(まつばがやつ)と呼ばれている谷戸です。
 あとで知ったのですが、本堂裏手にも日蓮がらみの見どころがいくつかあったようです。受付でいただいた案内をよく読むべきでした。


 ***


 ソメイヨシノの葉桜に美を感じ、溢れる色に感嘆する歩き旅。大町には日蓮の史跡がたくさんあるようです。


行程:→安国論寺→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-18 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #1
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 よく晴れた土曜日、鎌倉の大町を旅しました。名刹・古刹や史跡の宝庫ですが、負けず劣らぬ町並みの美しさに心奪われる旅でした。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #1
2019年4月13日(土)


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▲鎌倉駅東口
 鎌倉駅は衣張山登山のとき以来です。


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▲若宮大路を南へ
 今回は大町の旅。大町はざっくり説明すると滑川の東、横須賀線の北側に位置し、逗子市に接する町です。
 横須賀線のガードをくぐらずに左折します。


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▲大町橋
 県道311号を逗子方面へ行くとすぐに滑川に架かる大町橋を渡ります。滑川の向こうが鎌倉市大町です。


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▲北村牛肉店
 味のある店構えの牛肉店。コロッケのいい匂いが漂っていました。この店の角を左折します。


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▲教恩寺
 こちらは教恩寺、時宗のお寺です。元々はこの場所には光明寺(鎌倉市材木座)の末寺が置かれていたそうです。その末寺が廃寺となり、光明寺境内にあった教恩寺がこちらに移ってきたとのことです。


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▲見事な桜
 山門をくぐると、頭をぶつけそうな高さの太い桜の枝が出迎えてくれます。こいつは時季を逸してしまった! まあ、混雑するであろう花の時季をずらしての鎌倉の旅なのですが。


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▲後北条・平家ゆかりの寺
 光明寺境内に教恩寺を建立したのは後北条氏3代目当主、北条氏康。そして鎌倉市指定有形文化財の本尊、阿弥陀三尊(木造阿弥陀如来及び両脇侍立像)は、平家が滅び鎌倉に捕らわれた平重衡に対し、源頼朝が平家を弔うようにと与えたものだそうです。どのような経緯でこちらの本尊となったのでしょう。


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▲町屋阯
 元の道に戻りさらに進み大町四ッ角交差点を右折すると町屋阯の碑があります。かつて鎌倉が繁栄していたころ(いまも繁栄してますけどね)、この辺りには商店が集まっていたそうです。いまではそこそこ交通量はありますが静かな町です。若宮大路は鶴岡八幡宮の参道、そして人々の生活で賑わっていたのはこの辺りだったのでしょうか。


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▲素晴らしい露地
 こんな風景が鎌倉旅行の真髄なのかもしれません。こんな道ばかり選んで1日ぶらぶらしてみたいものですが、見るべき名所・旧跡が多すぎてそんな境地には達することのできそうにない徒歩々旅なのです。


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▲名越踏切
 県道311号に戻り横須賀線の名越踏切を渡ります。大町は横須賀線の北側に広がる町ですが、少しだけ横須賀線の南側にはみ出すところがあります。


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▲町境の道
 道の反対側は鎌倉市材木座です。このまま進むと「あること」で有名な小坪トンネルがあります。そこまではいかないのでひと安心。


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▲銚子の井標柱
 県道に銚子の井と彫られた標柱があります。銚子の井は鎌倉十井(かまくらじっせい)のひとつです。


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▲銚子の井
 県道からわずかに露地を入ると銚子の井があります。なぜ「銚子」なのでしょう? 六角形の井戸の枠の一部がお銚子に似ているからだそうです。確かに似ています。


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▲鎌倉五名水
 銚子の井のそばにはもうひとつ井戸の史跡があり、鎌倉五名水に数えられています。


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日蓮乞水
 こちらは日蓮乞水(にちれんこいみず)。名越(切通?)を越え鎌倉へ向かう日蓮が、喉が渇いたと地面を杖で突き刺すと水が湧いてきたのだそうです。


 ***


 歩くのは初めての大町。素晴らしい町並みに史跡の数々が溶け込んでいます。杖で井戸ってマジっすか。


行程:鎌倉駅→大町橋→教恩寺→町屋阯→銚子の井→日蓮乞水→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-04-17 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)