歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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横浜市南区・蒔田城址と周辺の旅
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 三連休、出かける予定はありませんでしたが、そこそこ晴れていたので近所の蒔田(まいた)城址周辺を歩いてみました。


第169回・神奈川徒歩々旅
横浜市南区
蒔田城址と周辺の旅
2018年9月23日(日)


 蒔田城は三河発祥の吉良氏の館。吉良氏は足利一族の士族。こちらの吉良氏は世田谷に拠点を置いていた一派で、吉良政忠あるいは息子である成高の時代に蒔田を領有するようになり城を構えたようですが詳しいことはわからないようです。
 現在は横浜英和学院の敷地です。


 ***


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▲蒔田の森公園
 地下鉄蒔田駅から数分のところにある「蒔田の森公園」は何度か取りあげました。いつも静かな公園です。1997年、土地の所有者である森正勝氏より横浜市に寄付された土地です。


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▲馬場と跡
 蒔田の森公園一帯は蒔田城の馬場であったといわれており、「馬場(ばんば)の森」「馬場谷」(ばばやつ)と呼ばれていたそうです。


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▲門跡
 ここには四脚門があったようです。4つの柱の礎石が残っています。鎌倉時代に森家の「辰巳の門」として設置された門だそうです。


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▲辰巳の門の説明
 1945年5月28日に戦火で焼け落ちたそうです。もし残っていれば、ものすごく貴重な文化財となったでしょう。この土地を横浜市に寄付した森家もとんでもない名家なのでしょうね。


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▲勝国寺
 蒔田の森公園から5分ほどで勝国寺に到着します。右側に見えるガードレールの道が本丸への道です。


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▲勝国寺本堂
 でも、その前に勝国寺へ。こちらは吉良氏の菩提寺です。勝国寺は吉良成高が父、政忠のために開基したお寺だといわれています。
 いつになく人が多いなあと思ったのですが、お彼岸でしたね。


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▲吉良家の供養塔
 勝国寺にある4基の五輪塔は「吉良家の供養塔」、横浜市登録地域史跡です。一番大きな塔には「政忠」の名が刻まれているそうです。よくわかりませんでしたが。
 お彼岸なのに自分ちの墓参りにも行かず他人んちのお墓参りとは……。


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▲蒔田城址へ
 いよいよ蒔田城の核心部へ向かいます。


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▲石垣?
 「石垣か!」と思った、はウソ。石垣を組む時代の城ではありません。


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▲横浜英和学院
 横浜英和学院の正門に到着しました。写っているチャペルの辺りが本丸だったと言われているそうです。


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▲門が閉ざされ攻め込めず
 堀もない、簡単に乗り越えられる門しかないのに攻め込むことができません。
 学校を武士が歩いていたらと想像してみましたが、なかなか面白いです。
 北側の斜面に「腰曲輪(こしぐるわ)」の跡が残されているそうです。


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▲校門にある説明板
 なになに、ふむふむ、おやおや、蒔田城址の説明ではありませんねえ。
 そうなのです。ここは「成美学園遺跡」でもあるのです。縄文早期、前期、弥生中期、奈良時代の遺跡だそうです。小学校前の広場の一部を発掘調査し、弥生時代中期から古墳時代後期の竪穴式住居跡が発見されたそうです。土器や石器も出土しています。

 「成美学園」とは「横浜英和学院」の以前の名称。元々「ブリテン女学校」として開校し、その後「横浜英和女学院」に改称。しかし、世界大戦が忍び寄る1939年に、英和の「英」の字が敵国を意味することから校名を変えることとなり「成美学園」に。1996年には卒業生からの強い要望もあり「横浜英和」の名が復活。馬鹿馬鹿しい戦争の馬鹿馬鹿しい話です。
 私ら世代には成美学園の方が馴染み深いのですが。


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▲学校敷地の北にある小学校門
 北側の斜面を下る階段があるので腰曲輪の痕跡を求めて行ってみました。


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▲腰曲輪?
 小学校の門のそばにそれらしき平らな土地がありましたが、どうでしょう。


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▲これ?
 こちらも怪しいなあ。それともこれらは成美学園遺跡の発掘調査がされた小学校前の広場の一部?


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▲蒔田駅方面への階段
 腰曲輪候補の間の階段を下ります。まさにこの階段は北斜面。しかし、特にそれらしきものはなし。
 ここは平日、たくさんの横浜英和学院の生徒たちが往き来する階段です。初めて歩きました。生徒が歩いている時間帯に私が歩いたら事案になってしまいます。女子校ですからね(なんと2018年から共学になっているそうです)。


 ***


 さらっと歩きましたがなかなか濃い歩き旅となりました。蒔田の森公園や勝国寺は初めてではありませんが、蒔田城址は初めての訪問です。吉良氏に関しても三河の吉良氏なのだろうくらいの認識しかありませんでした。まあ、今回も深~く学んだわけではありませんが。


◇行程 蒔田駅→蒔田の森公園→勝国寺→蒔田城址・成美学園遺跡→腰曲輪跡?・成美学園遺跡発掘調査跡?→蒔田駅
◇1.57km ◇33分(自宅と蒔田駅往復の方が長いのです)
◇交通費 0円


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 この地図だと蒔田城址の地形がよくわかります。自然の要塞なのですね。

by akrk0911 | 2018-09-24 06:00 | 横浜市の旅 | Comments(2)
厚木市依知地区の旅 ~5~
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 「暑い」と何度口にしたでしょうか。こんなに暑い日に照り返しのきつい舗装道路を好き好んで歩ってるバカが悪いのですが。
 旅はいよいよ上依知地区へと入っていきます。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~5~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲下川入諏訪神社
 明らかにアホみたいに日焼けをしながら向かったのはこちらの下川入諏訪神社。
 今回、依知地区を歩いているのですが、下川入(しもかわいり)は旧依知村ではなく旧睦合村でした。でも、現在の厚木市の区割りでは下川入は依知北地区に属しています。


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▲本殿
 「下川入諏訪神社本殿」は厚木市指定有形文化財(建造物)ですが覆屋の中なので見ることができません。


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▲拝殿
 でも拝殿も立派なので満足です。なんという様式なのかわかりませんが、土間の様な空間はあまり見ないような気がします。


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▲西日を背に
 今度は西日を背に受けて東へ大移動します。首筋がヒリヒリします。


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▲依知北地区市民センター・依知北公民館
 恐らく左が依知北地区市民センターで右が厚木市立依知北公民館だと思います。適当な推測。


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▲上依知歩道橋
 さてさて、複雑怪奇な交差点にやって来ました。


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▲名無しの交差点
 県道と国道が交差し市道も絡んでくる。国道にいたっては立体交差したりもしている。三角州のような緑地帯もあったり。これで名無しの交差点とは。


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▲こんな感じ
 うまく説明できないので地図参照。歩道橋は美容室側の信号機マーク辺りから、L字に折れて河原実業前まで。


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▲県道508号
 私は来た道から直進して県道508号を往きます。するとまた気になる歩道橋が。


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▲上依知小学校前歩道橋
 上依知小学校の校門の目の前にある歩道橋に上ってみるとこんな景色。


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▲峯ヶ谷戸遺跡
 そしてこの上依知小学校の敷地では遺跡が発掘調査されています。「峯ヶ谷戸遺跡」、平安時代の遺跡のようです。
 突然現れる下調べなしの遺跡にも驚かなくなりました。


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▲上依知の水田
 歩道橋から見えていた田んぼでしょうか。
 わが家では農家の親戚から玄米を購入し精米して食べているのですが、精米しているときと同じ香りが漂っていました。これが稲の香りかと感動しました。


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▲稲穂と白壁
 そして田んぼに囲まれた名刹へ。


 ***


 依知北地区を西へ東への大移動。不思議な交差点や水田に癒されました。
 このあと、文化財だらけの名刹や依知の総鎮守を巡り旅は大詰めです。


◇行程 →下川入諏訪神社→依知北地区市民センター・依知北公民館→上依知歩道橋→上依知小学校前歩道橋→峯ヶ谷戸遺跡→上依知の水田→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-30 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
厚木市依知地区の旅 ~3~
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 下依知から中依知へと旅は依知地区を北上していきます。そしてスゴい道との遭遇です。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~3~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲圏央道
 しばらく圏央道に沿って歩きました。


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▲浅間神社
 圏央道から離れうんだらかんだら歩いて浅間神社にやって来ました。この辺りは「中依知」です。


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▲浅間神社の銅鐘
 こちら「浅間神社の銅鐘」は県指定重要文化財(工芸品)。
 元は鎌倉の大楽寺あったもの。南北朝時代の1350年に飯山の鋳物師により製作されたそうです。その後あ1495年にここに納められたそうです。


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▲依知中学校
 浅間神社から国道129号へ向かう途中に依知の名を冠した中学校があったので思わずパチリ。


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▲スーパーえち
 国道129号に面したこちらのスーパー。大々的に依知を前面に打ち出しています。おっとこれは神奈川徒歩々旅の重要コンテンツ。


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▲圏央厚木インター入口
 再び国道129号を北上。スーパーえちからすぐの圏央厚木インター入口の歩道橋から見た国道129号の相模原方面。


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▲圏央厚木インター
 同じところから見た圏央厚木インター。


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▲信玄道の碑
 歩道橋を反対側に降りてすぐに裏道へ。すると「信玄道」の碑がありました。
 小田原城を攻撃した武田信玄はこの道を通って甲斐国に帰ったそうです。なんだかスゴい道を歩くことになりました。


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▲中依知66号墳
 この信玄道には古墳があります。こちらは「中依知66号墳」。このそばに67号墳もあるのですが知らずに通過してしまいました。
 とにかくたくさんあるのです。


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▲信玄道
 恐るべし信玄道なのです。何気に趣のある道です。


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▲上原3号古墳
 信玄道を北上してこちらは「上原3号古墳」。私が事前に知っていたのは中依知66号墳とここだけ。たくさん見過ごしてアホみたいに歩いていたんでしょうね。


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▲国道129号
 信玄道と別れて国道129号を横断してそのまま裏道へ。


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▲国道129号の東を並走する道
 これまた趣のある道です。こちらを北上します。


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▲日枝神社
 なんの気なしに歩いていると思わず引き込まれる光景に出くわしこちらの神社へ。

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▲日枝神社からの眺望
 日枝神社はとんでもない見晴らしでした。美しきかな神奈川県。
 しばし木陰でこの眺めを楽しみました。


 ***


 信玄に古墳。もうお腹いっぱい状態に素晴らしい眺望も。歩き旅でしか気づけない出会いの連続でした。
 さて、北上中の道もこれまたスゴい道でした。


◇行程 →浅間神社→信玄道→中依知66号墳→上原3号古墳→日枝神社→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-28 07:00 | 県央の旅 | Comments(2)
厚木市依知地区の旅 ~2~
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 依知(えち)地区は厚木市の北東部、大体中津川と相模川に挟まれたかつて依知村だった地域です。

〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~2~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲建徳寺山門
 牛久保用水の近くにある建徳寺。門が閉ざされているので入れないのかなと思いましたが、すぐ隣に駐車場があり徒歩の旅人もそこから入るようです。


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▲本堂
 こんな写真しか撮らなかったことを反省中です。


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▲本間氏累代の墓
 こちらには前項で出てきた本間氏の史跡があり、厚木市指定史跡となっています。「本間氏累代の墓」です。
 本間氏は鎌倉時代から室町時代にかけて相模国で勢力を持った武士だったそうです。
 牛久保用水で登場した本間重連は佐渡の領主。佐渡に送られる日蓮聖人の身を依知の館で一旦預かったことを機に日蓮聖人に帰依。その館を寄進し、そこが前項の日蓮宗の妙純寺となったそうです。


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▲石造物28基
 本間氏累代の墓は「石造物28基」として厚木市指定有形文化財(建造物)で、史跡と有形文化財のダブル指定を受けています。
 宝篋印塔と五輪塔が「これでもか!」というくらい並んでいます。


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▲国道129号
 建徳寺をあとに国道129号を北上。下依知交差点を右折します。


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▲下依知吾妻坂古墳
 頑丈そうな擁壁に「下依知吾妻坂古墳」の説明板がありました。唐突な出会いでした。
 こちらには「お吾妻様」が祭られているそうですが、お吾妻様とは?
 

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▲下依知吾妻坂古墳の墳丘
 説明板にはどんな形状の古墳なのか書いていません。円墳なのか方墳なのか、前方後円墳なのか、はたまた横穴古墳なのか……。


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▲順礼道
 吾妻坂古墳からそのまま直進すると道が段々と細くなってきました。
 とある交差点には道祖神などの石造物に並んで「順礼道」の碑がありました。
 坂東三十三観音霊場は相模国、鎌倉の杉本寺を振り出しに関東を巡るのですが、巡礼者が歩く道を順礼道と呼んだそうです。
 この辺りは飯山観音の長谷寺(ちょうこくじ)と座間の星谷寺(しょうこくじ・ほしやでら)を結ぶ道だったのでしょうか。
 それにしてもきれいに整備されていて気持ちいいです。


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▲下依知の水田
 糞暑いんですが季節は確実に秋の装いを見せてくれています。大山がちょこんと写っていました。


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▲静かな道
 すぐそばを圏央道が走っているのがウソのようなのどかな風景。


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▲長屋門
 そんな道に長屋門があります。少し残念な保存状態で、未来永劫保存するつもりはないんだろうなあという感じです。


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▲カシワ
 その長屋門のお宅の庭には厚木市指定天然記念物の「カシワ」があります。
 ところでどれがカシワ?


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▲カシワにズームイン
 ぐぐっとカメラで寄ってみました。おお、柏餅の葉っぱだ!


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▲圏央道
 私がクルマを運転してアチコチ行っていた頃にはなかった道。周辺の雰囲気とかけ離れた真新しい構造物です。


 ***


 地域の歴史上の人物に触れることができました。まあいつもの通り付け焼き刃の、もしかしたら見当違いのにわか知識かも知れませんが。
 古墳、順礼道と予定外の史跡にうれしい悲鳴。美しく実りはじめた水田もありなかなか進めません。


◇行程 →建徳寺→下依知吾妻坂古墳→順礼道→カシワ→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-27 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
乗らず鉄・東急東横線[1日目・6]
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 日吉駅を後に先へ進みます。でも油断しました。甘かったです。

〈第164回〉神奈川徒歩々旅
◇乗らず鉄・東急東横線[1日目・6]
◇2018年8月4日 (土)


 ***


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▲道に迷い……
 迷いました。線路沿いにいけば間違いあるめえ、と地図も見ずに歩いたバチがあたりました。かなり戻るか大きく迂回するか、ワケわからん細い道を行くか……。


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▲普通部!
 でも怪我の功名。「普通部」に辿り着きました。あの普通部通りの先にはこれがあったのですね。
 普通部とは慶應義塾唯一の男子中学校だそうです。後で調べたらなんだか魅力的な建造物もあるようなので、知らずに来たのはもったいなかったなあ。


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▲日吉の丘公園
 なんとか綱島駅方面へ、ワケわからん細い道を行くことにしました。
 地図上で細い道に見えたのは日吉の丘公園の園路だったようです。


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▲遠くに東横線
 東横線からかなり離れてしまいました。だいぶズームインしています。
 あ、これが東横インですか。


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▲涼しい風が吹いていました
 木陰で一休みしたいのですが、ヒトスジシマカの連中がうるさいので休めず……。


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▲日吉の丘から下山
 一気に階段で高度を下げます。いつの間にこんなに上っていたのか。


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▲箕輪洞谷横穴墓群
 階段を下りるとこんなものが。「箕輪洞谷横穴墓群(みのわどうやとよこあなぼぐん)」です。7世紀の中~後期の有力農民の墓であると考えられているそうです。
 あるのは知っていました。でも今回は寄るつもりではなかったのです。偶然です。


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▲擁壁に横穴墓の位置
 これはある意味素晴らしい保存例ではないでしょうか。防災擁壁が文化財も守ってくれています。横穴墓の位置を擁壁に記したのはナイスでしたね。


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▲東横線のガード
 暑いですからねえ、東横線のガードの影はありがたいです。


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▲綱島公園へ
 暑いので少し涼もう。公園のあそこなら広々としているし涼めるぞ。


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▲綱島古墳
 あれ、「綱島古墳」(横浜市指定史跡)? 思っていた公園じゃない。そうなんです、大倉山公園と勘違いしていました。大倉山はもう一駅先でしたよ、徒歩々……。
 横浜市指定有形文化財の「横浜市大倉山記念館」を眺めながら木陰で休もうと目論んでいたのですが……。ここはヒトスジシマカの連中の巣窟、退散です。


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▲坂を下れば綱島駅
 綱島駅はもうすぐ近く。


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▲綱島駅西口の商店街
 もう駅周辺を探索する元気がありません。


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▲綱島駅
 今回はこれにて撤収!


 ***


 道に迷ったお陰で「普通部」の謎も解け、寄るつもりのなかった横穴墓群にも出会いました。
 ただ、迷うと体力と気力が奪われます。つづきはまた。綱島駅の回りもあまりゆっくりと歩いたことがないので今度こそ、です。

◇行程 →日吉駅→慶應義塾普通部→日吉の丘公園→箕輪横穴墓群→綱島公園→◎綱島駅
◇12.70km ◇3時間46分
◇旅費 1,324円(交通費・874円、飲食代・450円)


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※日吉のサンロードと浜銀通りの間で1度計測が止まってしまいました

by akrk0911 | 2018-08-10 07:00 | 乗らず鉄 | Comments(0)
横浜市南区、六ツ川・永田の旅[3]
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 旅は永田へと進みます。そこにはなんと古墳が! いったいどんな古墳なのでしょうか。

〈第163回〉神奈川徒歩々旅
◇横浜市南区、六ツ川・永田の旅[3]
◇2018年7月29日 (日)


 ***


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▲永田台からの眺望
 こども植物園から永田方面へ向かいます。
 台風の名残の雲が浮かんでいます。なので雲を入れて広角で撮影。ランドマークタワーは中央から右へ、ちょこんと写っています。


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▲裏道を
 永田方面、井土ヶ谷駅方面へはバス通りを歩くのが常ですが、今回は裏道を。


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♪蔦のからまる……
 チャペルではありませんねえ。これは銭湯の煙突です。永生湯です。バス通りからだと見落とします。


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▲バス通りへ
 裏道は途絶えバス通りに合流。道なりに左へいけば井土ヶ谷駅や保土ヶ谷駅へ。今回はまっすぐ進みます。まあ、こちらも井土ヶ谷駅方面ですが。


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▲東永田公園
 東永田公園の角を右折します。


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▲古墳?
 見えてきたのは恐らく古墳。この辺りは「殿ヶ谷古墳群」。古墳を示すものは何もありません。


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▲古墳なの?
 古墳時代の前方後円墳が3基確認されたそうです。


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西光院の墓所
 いにしえのお墓、古墳はよくわかりませんでしたがこちらは現代のお墓、西光院の墓所です。


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▲眺めがいいのです
 墓所の近くから素晴らしい眺望が得られました。眼下に見えるお堂が西光院です。


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▲急な階段
 西光院へは階段をぐぐぐっと下っていきます。


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▲永田三縄田公園
 階段の途中に公園がありました。「永田三縄田公園」。縄文の「縄」の文字が気になります。


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▲西光院山門
 サルスベリが美しい山門です。いい時期に来ました。


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▲本堂
 真言宗のお寺です。恐らく二度目の訪問です。


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▲石仏群
 なんだか石仏が擁壁の一部になっていますよ。


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▲京急本線
 近くを京急本線が走っています。桁下3.1メートルのガードを駆け抜ける迫力はものスゴいのです。


 ***


 「これは古墳です」と言われなければわからない古墳でした。形状が残っているのかどうかもわかりません。破壊された単なる跡地なのかもしれません。
 今回は初めて歩く道が結構ありました。六ツ川台、大丸縄文坂、殿ヶ谷古墳群から西光院までの道。
 まだまだ知らない横浜市南区があるはずです。この探検、終わりはありません。


◇行程 →永田台→東永田公園→殿ヶ谷古墳群→永田三縄田公園→西光院→弘明寺駅(京急線)
◇9.38km ◇3時間4分 ◇旅費 0円


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by akrk0911 | 2018-08-01 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
横浜市南区、六ツ川・永田の旅[1]
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 横浜市南区に移り住んで20年を数えますが、いまだに知らないことが多いのです。今回はそんな南区を歩いてみました。

〈第163回〉神奈川徒歩々旅
◇横浜市南区、六ツ川・永田の旅[1]
◇2018年7月29日(日)


 ***


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▲平戸桜木通りを西、平戸方面へ
 京急の弘明寺(ぐみょうじ)駅の反対側。反対側って、正面は? 弘明寺商店街とは反対側ってことですが、今回は六ツ川と永田周辺を歩きます。


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▲大池交差点を越えさらに西へ
 しばらく平戸桜木通りを歩くと横浜横須賀道路の直下にある大池交差点へ。そこをさらに西へ。


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▲相鉄ローゼン六ツ川店
 相鉄ローゼンの交差点を右折します。


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▲横浜市立六つ川台小学校
 炎天下、トボトボ坂を上って見えてきたのは六つ川台小学校。


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▲夏休みの学校
 夏休みの小学校は静かです。
 ♪夏休みのロッカー室に……


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▲六ツ川台コミュニティハウス
 六つ川台小学校の敷地に地域の人が利用するコミュニティハウスがあります。
 一部自由に利用できる施設ですが校門は閉まってるし、本当に入っていいのかわからなかったのですが、門が手動で開いたので中へ。


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▲縄文式土器の展示
 ここにはなんと、縄文式土器が多数展示されているのです。でもまさか、こんなにたくさん展示されているとは思いませんでした。


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▲ホンモノ?
 コミュニティハウスなのに驚きの展示の数。


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▲大丸式尖底深鉢(大丸式、尖った底の深い鉢)
 大丸(だいまる)遺跡は国内でも数少ない縄文時代初期の集落跡だそうです。
 当地の名前を冠した土器の特徴は底部が細く尖っていること。全体的に施されている撚糸文(よりいともん)は他形式の撚糸文よりも固く密であり、その後の装飾的意味合いが強い文とは異なり、強度を高めるものだったそうです。
 歴史上こんなにも重要な土器が出土していたとはまったく知りませんでした。
※こちらは複製。実物は明治大学にて保管。


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▲小学生が作った土器も
 数万年後、これが考古学を混乱させなければいいのですが。


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▲野球……
 土器の向こうには野球に興じる少年たち。
 彼らが休日に土器を見に歩くようになるには、あと40年ほどの時間が……。いや、生涯興味の外……。


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▲六つ川台小学校と六ツ川中学校の間の道
 六ツ川台コミュニティハウスをあとにして、六つ川台小学校と六ツ川中学校の間の道を。素晴らしい坂道です。
 ちなみに、先ほどの手作り土器。作者はもう中学生(芸人ではありません)だそうです。


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▲大丸町内会館
 その素晴らしい坂道を語る前にこちらの大丸町内会館をご紹介。


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▲大丸式縄文土器之碑
 先ほど六ツ川台コミュニティハウスで見学した縄文式土器の碑があるのです。


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▲碑の足下には土器が
 これこそホンモノ? 小学生作なのかなあ? いずれにせよおもしろい。


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▲おゝ、男臭い?
 筋骨隆々さらさらヘア。約9000年前、こんな感じだったのでしょうか? ええー、ちょっとイケメン過ぎ。


 ***


 遺跡は原型をとどめていないとのことですが、なんとも知られていなすぎ! こんな史跡、こんな遺物が地元にあったなんて。横浜市南区で小学生時代を過ごしていれば常識なのでしょうか。金沢区民にとっての野島貝塚のように。
 つづきます。

◇行程 弘明寺駅(横浜市営)→平戸桜木通り→六ツ川台コミュニティハウス(六つ川台小学校)→大丸町内会館→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-07-30 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
横浜市都筑区の旅 ~その2~
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 城跡の次は国指定史跡の遺跡公園へ。こどもの日なので人がたくさんいました。

〈第144回〉神奈川徒歩々旅
◇横浜市都筑区の旅 ~その2~
◇2018年5月5日(土)


 ***


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▲おしゃれな住宅街
 茅ヶ崎城址公園近くの住宅。なんとおしゃれな空間。


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▲都筑区らしい風景
 ごみごみした町に暮らす私の目には眩しすぎる都筑区なのです。


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▲大塚・歳勝土遺跡公園
 そんな都筑区は歴史の町でもあります。こちらは大塚・歳勝土遺跡公園。


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▲国指定史跡
 「大塚・歳勝土遺跡」は国指定史跡です。弥生時代の住居跡である「大塚遺跡」と隣接するその墓地である「歳勝土遺跡」を中心とした遺跡で、およそ2000年前の稲作を行うムラの跡だそうです。


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▲大塚遺跡の復原住居は少しお疲れぎみ
 大塚遺跡跡にはたくさんの竪穴式住居や高床式倉庫が復原されています。
 磯子区の三殿台遺跡の復原住居もそうですが、手入れが大変なのでしょうね、荒れています。

 
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▲国指定史跡も子どもにとっては遊び場
 発掘された住居跡を特殊な処理をして埋め戻さずに保存しています。
 ここはいつも子どもの遊び場になっていて、このときも子どもがいない瞬間を狙ってシャッターを切ったのですが、ひょっこりと頭が……。


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▲環濠
 大塚遺跡は周囲に約600メートルの溝を廻らせた環濠集落。85棟の竪穴式住居と10棟の高床式倉庫が発見されたそうです。土器も出土しています。


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▲共同墓地の歳勝土遺跡
 こちらは大塚遺跡のムラの住人の墓地、「歳勝土遺跡」。方形周溝墓と呼ばれる四方を溝で囲み、低く土を盛った墓だそうで、これは当時の姿を再現したもの。


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▲方形周溝墓の溝
 この石の目印が溝の位置を表しています。この溝が四方を囲み、棺が納められているのだそうです。
 溝の内部からも子どものものと思われる土器の棺などが見つかっています。
 大塚遺跡からこの歳勝土遺跡の間には墓道が通じているそうです。葬列をあらわした埴輪が出土しており、その墓道を葬列が往ったのでしょう。


 ***


 ここも太古の昔はニュータウンだった時期があるのでしょうね、なんてことを考えながら歩きました。
 このあとは園内の古民家を訪ね、ニュータウンらしい公園を歩きながら歴史の跡をたどります。


◇行程 →大塚・歳勝土遺跡公園→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-06-05 06:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
戸塚区、矢部町・柏尾町周辺の旅 ~その1~
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 本当は市外の文化財巡りをしようと計画していたのですが、体調不良のためBプランで近場のショートコースを歩きました。

〈第140回〉神奈川徒歩々旅
◇戸塚区、矢部町・柏尾町周辺の旅 ~その1~
◇2018年4月8日(日)


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 新しくなって右も左もわからなくなった戸塚駅の西口をどうにか抜け出し県道22号を国道1号のバイパス方面へ行くと左手に立派な山門が見えてきます。


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 高松寺(こうしょうじ)はいずれも横浜市指定有形文化財の「紙本著色仏涅槃図」「紙本著色雲岫和尚像」を所有する臨済宗のお寺。
 現在の山門は平成に入ってからの建造だそうです。


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 高松寺からすぐの国道1号のバイパスを歩きました。ここを歩くのは初めて。


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 国道から細い道をたどりやって来たのは「旧ウィトリッヒ邸」。横浜市認定歴史的建造物です。
 ウィトリッヒ氏はスイス人。現在は横浜市に寄贈された「ウィトリッヒの森」に住んでいた人。ウィトリッヒの森へ移るまでここで暮らしたようです。


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 いまは誰も住んでいないのかな? 外壁のペンキはボロボロで人の気配はまるでありません。玄関前にある藤棚の花が咲き始めていました。


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 心細くなるような道を歩き、次にやって来たのは「霊水池」。Googleマップでは霊水「地」となっていましたが現地で「池」であることを確認しました。


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 調べてみましたが、この霊水池にゆかりの神社についての記述はあるものの、霊水池に関する説明が見当たりませんでした。
 ここは街山八幡社。石仏や庚申塔などが並んでいました。うっかり参拝もせずに先へ進んでしまいました。


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 心細くなる道をひたすら歩き、ようやく開けた場所へ。


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 ここは正福寺。八重桜がとてもきれいでした。これからの季節、石垣に植えられたツツジがよさそうです。


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 本道の裏に古墳があります。


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 「上矢部町富士山古墳」です。西暦550年頃の古墳だそうで、地元有力者の墓と言われているそうです。
 ここからは埴輪などが出土しており「上矢部町富士山古墳出土品」として横浜市指定有形文化財(考古資料)となっており、都筑区の横浜市歴史博物館に所蔵されています。


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 ちなみに正福寺の山号は「富士山」。
 この日はお釈迦様の誕生日。甘茶の用意がしてあったようですが、無人なのでどうすればいいかわかりませんでした。


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 正福寺からそれほど遠くないところ(直線距離では至近)にある「丹後の局  供養塔」。
 丹後の局は頼朝の妾。頼朝に寵愛され妊娠。政子の嫉妬甚だしく当地に身を隠し男子を生んだそうです。
 また、丹後の局の墓と伝えられる塚もあり、終焉の地とも考えられているそうです。後ろの斜面が塚の一部だったりするのですかねえ?


 ◇◇◇


 晴れ時々曇り予報ですがず~っと曇り空。ウィトリッヒ邸も寂しい感じで少しテンション下がりぎみでしたが、頼朝関連の史跡に気分が盛り上がってきました。つづきます。


◇行程 戸塚駅→高松寺→旧ウィトリッヒ邸→霊水池→正福寺→ 〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-04-09 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
遺跡と花、岡村の旅
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 休足しようと思ったのですが、晴れていたので。琵琶湖のマラソンを見届けてから歩いてみました。

〈第123回〉神奈川徒歩々旅
◇遺跡と花、岡村の旅
◇2018年3月4日(日)


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 岡村で遺跡といえば国指定史跡「三殿台遺跡」です。


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 ほとんどの遺跡は埋め戻されましたが、一部は建屋の中で保存されています。
 保存されているのはいずれも弥生時代のもの。でも、細かく分類すると異なる時代のものだそうです。


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 埋め戻された遺跡の位置をこのように示しています。重なっているのは異なる時代のもの。
 三殿台遺跡は縄文時代から古墳時代にかけての遺跡です。
 綿々とこの地で世代が受け継がれているのかと思ったのですが、偶然のように異なる時代の人類がこの地に居を構えたらしいです。そんなことを以前学芸員(?)に教わりました。


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 これは縄文時代の遺跡跡。


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 右の角ばったものは古墳時代の遺跡跡、左は弥生時代の遺跡跡。


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 もうわかんない。


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 貝塚もあります。海はいまよりはるかに内陸部まで及んでおり、海の幸を手に入れられる適度な高さをもった平地。それが三殿台だったのでしょう。今では海は遥かかなたです。
 磯子の発電所、根岸湾をはさんで南本牧ふ頭のガントリークレーン。東京湾の向こうには房総半島。昨年末の「とことん本牧の旅」で見た光景よりこの日はくっきり見えました。


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 さて、またもや岡村公園に来てしまいました。


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 梅を求めてなのですが、柚子の木に遭遇。
 2017年6月3日に植樹された「岡村公園  ゆずの樹」。1998年6月3日にデビューしたゆず。その20周年を祝っての植樹らしいのですが、2017年なら19周年じゃん。


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 ♪梅は~咲い~たか 桜は……
 咲いてるよ。種類はわかりませんが河津桜よりソメイヨシノに近い色合い。春ですねえ。


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 そして岡村梅林。


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 紅梅は散りが早いのかボリュームに欠けていました。


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 でも、白とピンクの梅が(多分)満開でした。


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 数週間前は数本しか咲いていなかった岡村梅林の梅。これで2018年の梅に思い残すことはありません。


 ◇◇◇


 梅ばかりか桜もきれいで、楽しくうれしい、ポカポカ陽気の日曜の午後でした。


◇行程 自宅→三殿台遺跡→岡村公園→自宅
◇6.18km ◇2時間20分 ◇旅費 0円

by akrk0911 | 2018-03-09 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)