歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
カテゴリ
全体
Information
神奈川一周の旅
ヨコハマ散歩
横浜市の旅
川崎市の旅
相模原市の旅
鎌倉市の旅
三浦半島の旅
湘南の旅
県央の旅
西湘・足柄の旅
乗らず鉄
街道歩きの旅
イベント・祭
スポーツ観戦
ちょっと寄り道
ちょっと昔ばなし
そば食い日誌
ローカルスーパー探訪記
みやげ話
神奈川あれやこれや
文化財ファイル
ごあいさつ
春夏秋冬
県外徒歩々旅
以前の記事
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
タグ
(147)
(128)
(61)
(49)
(47)
(44)
(38)
(37)
(35)
(32)
(29)
(27)
(26)
(24)
(24)
(22)
(22)
(17)
(16)
(16)
(16)
(15)
(14)
(13)
(13)
(13)
(12)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
最新のコメント
> kisetsuwom..
by akrk0911 at 23:55
いいですね,富士山。
by kisetsuwomeguru at 22:38
> gonta-2019..
by akrk0911 at 19:01
こんにちは。 二時間半..
by gonta-2019 at 17:12
こんばんは。 最..
by gonta-2019 at 20:46
> sy-f_ha-ys..
by akrk0911 at 21:38
今月の初めころ馬車道駅下..
by sy-f_ha-ys at 19:23
んじゃ戸部駅裏の石崎商ゆ..
by なな at 01:28
> gonta-2019..
by akrk0911 at 23:07
こんばんは。 赤い電車..
by gonta-2019 at 20:50
メモ帳
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
鎌倉市西御門と周辺の旅 #4
at 2019-11-21 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3
at 2019-11-20 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2
at 2019-11-19 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1
at 2019-11-18 07:00
そば食い日誌・かまくらそば ..
at 2019-11-17 07:00
記事ランキング
ブログジャンル
タグ:遺跡・古墳 ( 32 ) タグの人気記事
金沢文庫・海天国花天国 #1

2019.06.12.wed



 平日ですが仕事は休み。実家を訪れたついでにふらっと金沢区を歩きました。でもこれ、ついでにしてはかなり濃い内容となりました。



第216回・神奈川徒歩々旅
横浜市金沢区
金沢文庫・海天国花天国 #1





情報
 久しぶりの称名寺。半年ぶりくらいでしょうか


情報
 称名寺は文化財の宝庫です。国指定史跡の「称名寺境内」「木造金剛力士像」は県指定重要文化財です。


情報
 梅雨ですからね、こんな天気ですよ。でも、今回はそれでいいんです。


情報
 お寺だからアジサイがいっぱいでしょうよ、とやって来たのです。


情報
 でも、境内をくまなく探したわけではないのですが、称名寺は特にアジサイ寺ってわけではなさそうです。この一枚がそこそこ気に入ったのでよしとしましょう。


情報
 さて、アジサイは期待にそぐわなかったのでどうしようかと思ったのですが、一度もくぐったことのないトンネルをくぐることにしました。まったく予定になかったのですが。


情報
 トンネルの向こうには県立金沢文庫があります。かつてこの地は金沢北条三氏(北条実時、顕時、定顕)によって収集された書物を収めた「金澤文庫(かねさわぶんこ)」が置かれた場所だと推定されているそうです。
 その後、鎌倉幕府の終焉で、蔵書は称名寺の管理するところとなったのだそうですが、小田原北条、豊臣秀吉、徳川家康らに持ち出されてしまったそうです。盗人め!


情報
 さて、県立金沢文庫に初潜入です。当然ながら館内は撮影禁止です。それほど多くの博物館等を見てきたわけではありませんが、なんだか空気感が違い緊張します。


情報
 このときは「特殊文庫の古典籍」と題した展示が行われていました。東京都世田谷区の「五島美術館」「静嘉堂文庫美術館」、文京区の「東洋文庫ミュージアム」、港区の「斯道文庫(慶應義塾大学三田キャンパス)」との連携展示だそうです。
 県立金沢文庫では「金沢文庫本の世界」と題し、前期、7月15日までは国宝、「文選集注(ぶんせんしっちゅう)」が特別公開されています。


情報
 これまでの経験から重要文化財ってやつはレプリカが展示されてるもの、とたかをくくっていました。今回も実際最初に目にしたものはそうだったのですが、生の国宝が展示されていてクリビツギョウテンでした。

 『文選』は、中国梁代の昭明太子(五〇一~五三一)が中心となって編纂した中国古典の佳句集。『文選集注』は唐代における注釈書であり、金沢文庫には平安時代の写本の十九巻が伝わった。中国には伝来せず、称名寺に伝わった平安時代の写本が世界唯一といわれている。[現地説明文]
 特別展「浄土宗七祖聖冏と関東浄土教」も同時開催されており、茨城県の常福寺所蔵の文化財が多数展示されていました。
 7月20日から「金沢文庫本の世界」の後期では、特別展「東京大学東洋文化研究所×金沢文庫 東洋学への誘い」が同時開催されるそうです。
 後期には文選集注の別のものが公開されると目にしたような気がしたので(未確認情報)行ってみようかなあ。


情報
 県立金沢文庫から出てくると、今にも雨が降りだしそうだった空が晴れ渡っているではありませんか。


情報
情報
 やはり称名寺は晴れてなくちゃ。


情報
 県指定重要文化財の「称名寺金堂」。堂内にもたくさんの文化財があります。


情報
 これまで触れる機会がありませんでしたが、称名寺の赤門を入ってすぐ右側(写真奥)には「称名寺貝塚」があります。文化財指定も登録もありません。標柱くらい建ててもいいのになと思います。



* * *


 初めての県立金沢文庫はなんだか緊張してしまいました。これからは通って、もっと文化財の理解を深めたいなあと思いますがホントかね。
 さて、当初の予定では全然違うところへ行く予定でした。国宝でお腹いっぱいでしたが、そちらへ向かいます。


行程:実家→称名寺→県立金沢文庫→〈つづく〉
f0379138_09444453.jpg

by akrk0911 | 2019-06-16 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #4

2019.4.13.sat



 大町の旅は谷戸の奥の奥へ。春の色満載の谷戸の奥にちょっと残念な扱いの史跡たちです。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #4





①
 妙法寺からだいぶ歩いてきました。滑川の支流「逆川(さかさがわ)」の、銘板もない橋の上にいます。逆川ふるさといきものの里という看板があり、ホタルやモクズガニの生息地なのだそうです。
 ここの景色は素晴らしかったです。もう少し前ならソメイヨシノが咲き誇っていたのでしょう。


②
 場所は説明しづらいのでこんな感じです。妙法寺から歩いて現在地にいます。ここから黄金やぐら、現在地に戻って大町釈迦堂口遺跡、釈迦堂切通、六方の井の順番に回ります。ネタバレです。


③
 好天の下、素晴らしい谷戸を歩きます。こんなところに生まれ育っていたらだいぶ違う私になっていたでしょう。これは絶対にそうだと思います。絶対に。言いわけ。


④
 うっかり通りすぎてしまいました。これは気づかないなあ。「黄金(こがね)やぐら」です。
 地図にものっていない史跡です。ストリートビューで「逆川ふるさといきものの里」周辺を調べているときに、偶然「黄金やぐら 200m」の案内標識を見て知ったのです。よくよく調べてみると案内標識から200メートルなんてウソっぱち。黄金やぐらを見つけた人のとあるブログがなかったらたどり着けませんでした。


⑤
 道路から降りることができたので近寄ってみました。ポッカリ口を開けていました。中はよく見えませんでした(怖いからあまりよく見ませんでした)が水があるそうです。その水のなかでヒカリゴケが光っていたのでこの名がついたようですが、現在ではヒカリゴケはないそうです。


⑥
 黄金やぐらから銘板のない橋へ戻り、衣張山登山口方面へ向かいます。ここは大町釈迦堂口遺跡と釈迦堂切通の分岐点です。
 衣張山がきれいです(どこが頂上なのか、頂上は果たして写っているのかはわかりませんが)。もう少し季節が進むと萌えるような新緑なのでしょうが、芽吹く前の木や、ところどころに花が見られるこのタイミングが好きです。


⑦
 登ってしまいたい気持ちを押さえ込み直進します。


⑧
 国指定史跡の「大町釈迦堂口遺跡」です。ここからは立ち入り禁止です。


⑨
 大きな石に上がり、腕を目一杯伸ばして撮った写真です。奥の崖中央やや下にやぐらが一基写っていましたが、それだけでした。
 二階堂の永福寺跡のような整備がされたらなあと思いました。


⑩
 こちらは崩落の危険があるので立ち入り禁止の「釈迦堂切通」。ここが通れたら二階堂との行き来が容易なのですが。
 上の方の掘削跡はまだ上部も切り開く予定だった跡でしょうか。完全に切通す予定だったのかな?


⑪
 次へと進む道中の素晴らしいこと! 決して派手に感じないのはなぜでしょう。


⑫
 次の「六方の井」へは地図にはない道(あとで調べたら地理院地図には標記がありました)を手探りで歩きます。ほんとにこっちでいいのか? 不安になります。


⑬
 ありました。よかったあ。


⑭
 井戸ですから当然飲用されていたのですが、現在では深い緑色の水が「飲んだらキケン」と言っていました。
 この井戸は一度も枯れたことがないそうです。井戸のなかに竜頭という出っ張りがあり、水位がそこまで下がると雨が降るのだそうです。
 また、二代目将軍、源頼家の妻(誰が正室なのかわからないそうですが)に関する逸話も残っていますが、それはのちほど。


⑮
⑯
 六方の井からやや大きな道に戻り少し歩くと右手の路地に日蓮宗の「大宝寺」があります。
 門柱の横には「佐竹屋敷跡の碑」があります。佐竹氏の祖先、新羅三郎源義光が兄である源義家とともに後三年の役(1083年)を鎮めたのち、ここが佐竹氏の居館となったそうです。佐竹を名乗るようになったのは義光の孫、昌義が常陸国久慈郡佐竹郷に住んでいたころのこと。
 佐竹といえば現在の秋田県知事、佐竹敬久はこの佐竹氏の流れを汲んでいるようです。



* * *


 少々寂しい扱いの史跡たち。鎌倉市のがんばりに期待したいのですが……。六方の井は個人所有でしょうか? こちらは大事にされていることが伝わってきました。
 谷戸の風景、町並みは素晴らしいものでした。


行程:→黄金やぐら→大町釈迦堂口遺跡→釈迦堂切通→六方の井→大宝寺→〈つづく〉
f0379138_00441996.jpg

by akrk0911 | 2019-04-20 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #5
f0379138_07323161.jpg


 徐々に玉縄城の規模の大きさを感じるようになりました。次は玉縄城の鉄壁の守備に打ちのめされます。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址る旅 #5
2019年3月9日(土)


 ***


f0379138_08155673.jpg
▲県道402号
 のどかな道は平井家住宅で終わり。県道402号を東へ。遠くに青看板が見えています。


f0379138_07330036.jpg
▲なんじゃこりゃ なんじゃこりゃ
 なんじゃこりゃ! これって新しくするより安上がりなの?


f0379138_07332410.jpg
▲城廻交差点
 摩訶不思議な青看板が示している交差点は「城廻(しろめぐり)」交差点。このあたりは鎌倉市城廻という地名なのです。
 私は普段「めぐる」という言葉には「巡」という漢字を当てますが、今回は「廻」を当てています。そういうわけなのです。


f0379138_07333890.jpg
▲北条早雲だい!
 これまたスゴい名前の住宅地ではありませんか。


f0379138_07335467.jpg
▲清泉女学院
 城廻交差点からはなんとも不思議な青看板が指す大船方面へ。すぐに清泉女学院です。
 ここから右へ上る坂があり、その先こそが玉縄城址の中核なのですが「立入禁止」という禁断の四字熟語が私の鎧を突き破り、ハートに刺さるのでした。がっくりぽんや。坂の上までは公道だとばかり思っていたのです。
 たった四文字で敵の足を止める。いやいや現世でもなかなかの堅守っぷりではないですか。


f0379138_07343170.jpg
▲秘密の地へ
 城廻交差点に戻り、鉄板をリベットで打ち付けるという力業で厳重に隠された秘密の地名方面へ進路をとります。


f0379138_08163692.jpg
▲住宅街へ
 秘密の地へ向かう道からそれて住宅街へと分け入ります。


f0379138_07350066.jpg
▲見事な玉縄桜
 次なる目的地へ向かっていると見事な玉縄桜がありました。背景の家並み、竹林の山とのバランスがとてもよく感じました。
 このあと目指す場所が少々気乗りしない場所なので少しホッとしました。


f0379138_07352768.jpg
▲藪
 気乗りしない理由はこれ。予想通り何も見当たりません。
 奥まった住宅街の最奥。ここではすかしっぺですら何事かと住人たちがこちらを訝しげに覗きこむだろうというくらいの、住人以外足を踏み入れてはいけないような静かなところ。
 この藪の向こうに横穴があるはずなのです。


f0379138_07355684.jpg
▲……谷横穴……
 しばらく藪の前を行ったり来たりし、慎重に躊躇すること1分くらい。わずかに藪の隙間があったので「ええいままよ!」と藪を掻き分けるといきなり標柱がありました。
 「……谷横穴……」かすかに文字が読み取れます。間違いない、ここだ。


f0379138_07364130.jpg
▲穴が
 さらにガサッと一歩踏み込むと横穴らしきものがチラリと。


f0379138_07370233.jpg
▲洗馬谷横穴群
 ここまで来たら行ってしまえとガサガサガサと2歩3歩。ありました。鎌倉市指定史跡、洗馬谷(せんばがやと)横穴群。1000年以上も前のものです。内部には線刻も残されていると帰宅後に知りました。内部にまで突入している猛者ブロガーには頭がさがります。
 洗馬谷とはやはり玉縄城の時代に由来する地名でしょうか。馬を洗う谷だったのでしょうか。



f0379138_07372451.jpg
▲もうひとつ
 2基の横穴を確認できました。4基あるらしいのですが見当たりません。これ以上藪でガサゴソしていると、地域住人の一報で不審者の仲間入りをしかねないのでここまで。


f0379138_07380771.jpg
▲玉縄台交差点
 地名が隠された方面へ向かう道に戻り玉縄台交差点へ。ここを右折すると大船駅方面です。
 城廻交差点から例の青看板の示す「大船」方面は、清泉女学院の先のトンネルを抜け、龍宝寺の前を通りさらにこの旅の冒頭で歩いた龍宝寺トンネル、フラワーセンターを経て大船駅という大船へのメインストリートを指しているようです。
 そしてこちらはトンネルができるまでのメインストリートだったのかな?


f0379138_07425920.jpg
▲大船へ
 かつて玉縄北条の供養塔(ぶっけり仏)があった、お頭のおよろしいいけすかない栄光学園の前を過ぎ、大船駅へ向かう坂の途中にある玉縄こいぬ公園からの眺望です。形のいい山が私の目を捕らえます。そしてちょこんと……。


 ***


 清泉女学院の鉄壁の守備はお見事。虫コナーズのような効き目を持つ伝家の宝刀「立入禁止」ですから。
 何もないだろうと諦めていた横穴はどうにか見ることができました。立入禁止のコナーズはここでは見当たりませんでした。
 この季節でよかった。たくさん足がある虫、ヘビ、クマが怖いので夏だったら絶対に引き返していましたね。
 玉縄城址を廻る旅もあと少しでゴールです。


行程:→清泉女学院(玉縄城址)→洗馬谷横穴群→玉縄こいぬ公園→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-03-16 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
海老名市南部と周辺の旅 #5
f0379138_06523859.jpg


 市境を越え、というか市境の道を反対車線に渡って国指定史跡へ。旅は海老名市から綾瀬市へと舞台を移しました。


第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #5
2019年3月2日(土)


 ***


f0379138_06534540.jpg
▲神崎遺跡
 国指定史跡の神崎遺跡にやって来ました。ここは綾瀬市です。


f0379138_06541886.jpg
▲環濠集落
 神崎遺跡は弥生時代後期の環濠集落。周囲に濠を廻らせた集落です。濠は幅、深さ共に2mほどの規模。ムラ同士の戦乱などの緊張関係から掘られたと考えられているそうです。後世の城郭とまあまあ同じ理由ですよね。
 環濠の跡が園路になっています。


f0379138_06551420.jpg
f0379138_06595845.jpg
▲住居跡
 神崎遺跡では18軒の住居跡が確認されているそうです。その内同時期に存在していたのは15軒ほどとのこと。全域を調査しているわけではないのでもっとあるのかもしれないそうです。


f0379138_07003485.jpg
▲住居跡の重複
 神崎遺跡のムラはそれほど長い期間存在していたわけではないそうです。どれくらいなのかはわかっていないようですが、住居跡が重複していることが確認されたことで、住居を建て替える必要が生まれるくらいは存在していたことがわかるようです。
 また、時代の異なる古墳時代後期の住居跡も確認されており、弥生時代に短期間存在した集落が廃絶した500年ほど後には、近世まで途絶えていたと思われていた人の生活が存在していたことがわかったようです。


f0379138_07005219.jpg
▲復元住居
 やっぱりありますよね、復元住居。ここは新しく指定された史跡。横浜の三殿台遺跡や大塚・歳勝土遺跡の復元住居よりきれいですね。


f0379138_07011632.jpg
▲新幹線がよく見えます
 遺跡公園からは新幹線がとてもよく見えます。そのJR東海の新幹線、ちょっと神崎遺跡の歴史に関連性が感じられたりして。


f0379138_07013255.jpg
▲神崎遺跡資料館
 新幹線との関連性(?)はこちら神崎遺跡資料館でお勉強。


f0379138_07014913.jpg
▲神崎遺跡の住人は新幹線でやって来た
 神崎遺跡の住人は東海地区から移住してきたのだそうです。新幹線に乗って(嘘八百系)。
 神崎遺跡から出土した95%の土器の形状は、東海地区(静岡西部・愛知東部)で造られた土器の形状そのものなのだそうです。それが、出土する土器の数%程度がそうであるくらいならば、人の移住ではなく物が運搬されてきただけと考えられるそうですが、ほとんどが東海系土器であること、使われている土が綾瀬の土であることから集落自体が移ってきたと考えられるのだそうです。
 当時の日本は建国に向けての混乱期。色々なところでグレートジャーニーが展開されていたのでしょう。


f0379138_07024056.jpg
f0379138_07064886.jpg
▲環濠
 神崎遺跡は南北103m、東西65mの環濠の中に築かれた集落。その環濠集落がほぼ完全な形で残っていることと、200kmを超える距離を集団で移住した痕跡が評価され、国指定の史跡になったようです。


f0379138_07075778.jpg
▲大山、そして富士山
 東海地区からの移住者。移住先の決め手は富士山? 静岡西部や愛知東部より相模の方が富士山に近いですよね。


f0379138_07032678.jpg
▲土器の展示
 土器は色々なところで見てきました。私が知る限りの資料館等では展示物は完全にガラス(アクリル?)の向こうなのですが、ここでは一部、遮るものなく直(じか)に展示物を見ることができます。もしかしてこれはレプリカ?


f0379138_07034287.jpg
▲豊富な出土品の展示
 さらに、引き出しに収蔵されている遺物を、こんな風に自由に見ることもできます。
 神崎遺跡出土品は県指定重要文化財の考古資料ですが、どれが指定文化財なのかわかりませんでした。


 ***


 実に興味深い遺跡でした。由緒も遺構も、研究の方向性の明確さも展示方法も、どれも洗練された感のある国指定史跡でした。


行程:→神崎遺跡公園→神崎遺跡資料館→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-03-08 07:00 | 県央の旅 | Comments(3)
海老名市南部と周辺の旅 #3

2019.03.02.sat



 徒歩々のくせに生意気だ。でも、たまにはいいじゃんこんなところも。



第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #3





①
 徒歩々旅には縁遠い高速道路。大谷近隣公園の目の前は日本一の売り上げを誇る東名高速の海老名サービスエリアです。年中テレビに登場していますね。


②
 というわけでサービスエリアです。徒歩でも入れちゃうんです。久々の海老名サービスエリア。ちょうど昼どき、腹へった~。
 館内の撮影はちょっと無理ですね。人がスゴいですから。


③
 さすがは海老名サービスエリア、駐車場はクルマでびっしり。ちなみにこちらは上り線です。


④
 とても広い駐車場です。下り線への連絡橋があるとネットで見たのですが、閉鎖されているようでした。それを悪用して悪いことする人がいたらしいとかなんとか。


⑤
 のんびり歩いてきた私には、ガラスの自動ドア一枚向こうのサービスエリアはどうもノリが合いませんでした。少し居心地の悪さを感じました。
 やはりサービスエリアはクルマで高速をかっ飛ばして訪れるところですね。歩いて訪れてもなんとなくリズムが合わないのです。トイレはナイスでしたが。


⑥
 結局、缶コーヒーを飲んだだけで出てきました。ガラス戸一枚向こうとは別世界です。
 海老名サービスエリアの周辺はこんな感じです。一歩外に出るとそこに賑やかなサービスエリアがあるなんて、まったくわかりませんね。


⑦
 しばらく東名高速に沿って歩きました。


⑧
 東名高速をくぐって向こう側へ。


⑨
 東名高速の反対側も静かな町でした。海老名サービスエリアなんてなかったかのようです。


⑩
 次なる目的地の史跡を目指しているのですが、スゴい梅園がありました。残念なことに日が陰ってしまいました。海老名サービスエリアから出ると雲が空を覆うようになってきたのです。


⑪
 なんと、目指していた史跡はこの梅林でした。ここは「上宮寺跡」。近所の神社、「豊受大神(とようけのおおかみ)」に関連しているようで、この土地は現在では豊受大神のもののようです。


⑫
 上宮寺跡の近くにある「杉久保富谷児童公園」には横穴墓群があるということで楽しみにしてきたのですが、なんにも見当たりません。それらしい斜面はあるのですが……


⑬
 公園内には「杉久保遺跡・富谷横穴墓群」の立派な説明板がありました。それによるとどうも公園内からは何も見つかっていないような感じです。
 この公園を含む周辺地図があり、遺跡、横穴墓の位置が記されているのですが、公園には何も記されていません。


⑭
 一帯は縄文時代の大規模な集落跡だそうで、300軒もの竪穴式住居が確認されたそうです。しかし調査をしていないところもあり、600軒以上の住居があると推定されているそうです。集落は中心に広場を置き、それを囲むように家が建ち並ぶ環状集落だったそうです。
 富谷横穴墓群は6世紀後半のもの。6基が確認され、内部には線刻画も見られたそうです。



* * *


 もしかしたら海老名サービスエリアの上り線は初めてだったかも。上り線はスーパーの成城石井があることから近隣住民のために出入口ができたと何かで見ました。下りは?
 超メジャースポットとひっそりとした史跡のコントラストが面白かったです。このあとも史跡や天然記念物を巡ります。


行程:→EXPASA海老名上り→上宮寺跡→杉久保富谷児童公園(杉久保遺跡・富谷横穴墓群)→〈つづく〉
f0379138_05364406.jpg

by akrk0911 | 2019-03-06 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
保土ケ谷の古墳とか遺跡とか色々 #5
f0379138_08092223.jpg


 曰くありげな名前の公園を訪ねます。さらに保土ケ谷のランドマークを眺めに行きます。


第193回・神奈川徒歩々旅
保土ケ谷古墳とか遺跡とか色々 #5
2019年2月16日(土)


 ***


f0379138_08094662.jpg
▲仏向矢シ塚公園
 あのタワー(横浜市防災塔)はなんだろう? と地図を見てこの公園があるのを思い出したのでした(横浜市防災塔に関しては地図ではさっぱりわかりませんでしたが)。遺跡がらみのこの公園は以前から訪れる候補に上がっている公園だったのです。
 仏向矢シ塚公園(ぶっこうやしづかこうえん)です。地名は「やしつか」のようです。グーグルマップでは矢「ツ」塚公園と表記されていますが、「ツ」ではなく「シ」です。


f0379138_08100548.jpg
▲頼朝伝説の地
 源頼朝が狩りに来て釜壇山(釜台)から放った矢が地面に刺さり、そこから矢竹が生えたという伝説から「矢崎村」「矢シ塚」という地名が残ったのだそうです。
 この辺りは頼朝伝説があるのですね。


f0379138_08122575.jpg
▲「シ」って何?
 ところで矢シ塚の「シ」ってなんでしょう? 「矢シ塚のシ」で検索してもヒットしません。「矢刺塚」なのかなあ。
 旧保土ケ谷区に「矢指町(やさしちょう)」という地名がありますが、現在は旭区に属し、仏向ともだいぶ離れています。旭区には畠山重忠の「矢畑」「逆さ矢竹」の伝説が残っていますが、それも場所が違います。
 もしかしたらグーグルマップの「ツ」が正解だったりしてね。


f0379138_08124864.jpg
▲矢シ塚遺跡
 この辺りには矢シ塚遺跡があり、石斧などが出土たらしいのですが、ここが遺跡なのかはわかりません。


f0379138_08130822.jpg
▲次の公園へ
 矢シ塚公園の西入口の階段を下り通りに出ました。このまま歩けば藤塚随道を通って元町ガードへ至ります。
 でも、すぐ右折して坂を上って次も何やら曰くありげな名前の公園へ。


f0379138_08152740.jpg
仏向行坐公園
 仏向行坐谷公園(ぶっこうぎょうざやこうえん)です。もしやとは思いましたが餃子屋はありませんでした。地名は「行座谷」ですが公園の表記は「行坐谷」です。


f0379138_08155324.jpg
▲古墳?
 古墳のような盛り上がり……。なんでもないですよね。恐らくここに上れば眺望が得られたのでしょうが、生け垣が伸びて眺望ゼロでした。
 さて、行座も行坐も由来はわかりません。


f0379138_08163032.jpg
▲仏向倉沢北公園
 仏向行坐谷公園と道をはさんで隣接するのは仏向倉沢北公園。こちらは普通の公園ですね。梅がきれいでした。隣は藤棚でしょうか。


f0379138_08170004.jpg
▲また階段……
 なんか坂ばかり。こちらは144段でしたよ。数えちゃいました。


f0379138_08174731.jpg
▲コジュケイ
 階段を下り小さな川の向こうの斜面がガサゴソ賑やかなので見てみるとコジュケイの群れが歩いていました。ここは「せせらぎの森」という名の森だそうです。


f0379138_08190754.jpg
▲保土ケ谷のランドマーク
 写真では小さいのですが、保土ケ谷のランドマーク、仏向無線塔が近くなってきました。ここは元町ガードに至る道。そのまま帰るつもりでしたが無線塔を間近に見たくなりました。


f0379138_08192731.jpg
▲また上る……
 というわけで恐らく仏向無線塔にたどり着くであろう坂を上ることに。


f0379138_08194785.jpg
▲畑の中の坂道
 振り返ればこんな風景。うっすらと大山が見えました。空気が澄んでいれば富士山も大きく見えるでしょう。


f0379138_08201651.jpg
▲保土ケ谷公園
 坂を上ると保土ケ谷公園が見えました。保土ケ谷球場のスコアボードにランドマークタワーが重なってなかなかの景色です。
 この道は以前歩いたことのある道。仏向無線塔から仏向貝塚へ向かうときに歩いたのでした。


f0379138_08203909.jpg
▲逆光の仏向無線塔
 いよいよ仏向無線塔が近くになりました。この日はずっとこの無線塔を眺めながらの旅でした。


f0379138_08205468.jpg
▲青空に突き刺さる仏向無線塔
 こんな晴天下で仏向無線塔を眺めたのは初めてかも。美しいタワーです。こういうの(どういうの?)が好きな人は必見だと思います。


 ***


 「矢シ塚のシ」と「行坐谷(行座谷)」の謎は解けません。う~ん。一方、仏向無線塔はスッキリクッキリ見ることができました。
 さて、このあとは帰るだけのつもりだったのですが……。


行程:→仏向矢シ塚公園→仏向行坐谷公園→仏向倉沢北公園→せせらぎの森→仏向無線塔→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-02-21 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(1)
保土ケ谷の古墳とか遺跡とか色々 #4
f0379138_07022212.jpg


 保土ケ谷の遺跡や古墳を巡る旅。史跡、古墳の登場です。


第193回・神奈川徒歩々旅
保土ケ谷古墳とか遺跡とか色々 #4
2019年2月16日(土)


 ***


f0379138_07032325.jpg
▲遺跡へ向かう坂
 なんだか突然晴れてきました。次に向かうのは釜台公園。国道16号は少ししか歩きませんでした。


f0379138_07034864.jpg
▲釜台公園
 よくある公園です。


f0379138_07041754.jpg
▲みなとみらいの眺望
 この景色は素晴らしい。家家家家の向こうに合成写真のようにみなとみらいが。こうしてみると横浜市は丘陵の町なんですねえ。


f0379138_07044507.jpg
▲保土ケ谷中学校
 眼下には保土ケ谷中学校。この学校はなんと「釜台古墳」なのです。6基の円墳が発見されたそうですが、校地の整備ですべて破壊したそうです。残念。


f0379138_07050935.jpg
▲釜台公園の上へ
 釜台公園は二層構造。階段で上へ。


f0379138_07052717.jpg
▲上星川遺跡
 階段の先には「上星川遺跡」の説明版。史跡の指定はありませんが一部が現状保存されているそうです。
 弥生時代後期の住居跡だそうです。


f0379138_07054789.jpg
▲長い階段
 釜台公園付近からは国道16号へ一気に階段を下ります。


f0379138_07061594.jpg
▲階段にベンチ
 長い階段ですからね、途中にベンチが置かれていました。一休みですね。


f0379138_07065117.jpg
▲釜台つづら坂
 この階段は釜台つづら坂。釜台の地名は釜壇からきたようです。源頼朝が鷹狩の際、石に丸く穴を開けた釜壇の石で茶をたてたのが由来だとか。


f0379138_07070749.jpg
▲謎のタワー
 先ほどチラッと見えたタワーが目の前に。なんだか工事のシートが見えます。建築中? もしかしてスカイツリーより高くなるの?


f0379138_07072530.jpg
▲国道16号と新幹線
 上星川駅前の国道16号へ下りてきました。立体交差しているのはずっと高速道路だと思っていたのですが、新幹線でした。そういえば上星川駅の上を新幹線が交差しているんでした。

【訂正とお詫び】3月2日、相鉄線に揺られ西谷駅を過ぎたときに気づきました。「あれ、新幹線?」。なんと、相鉄線と新幹線が交差するのは上星川駅ではなくて西谷駅でした。では、上星川で見たアレは? 調べました。東海道貨物線でした。


f0379138_07074855.jpg
▲上星川駅の反対側
 上星川駅で相鉄線を越え、細い道をああだこうだ歩いて新幹線の下へ。防音壁がすっぽりと新幹線を包んでいるのですが、真下では雷にそっくりの轟音が聞かれました。
 この道は水道道。写真を撮っている私の背中方向は保土ケ谷区役所を経て野毛山公園へとつづきます。
 このまま道なりに進むと以前歩いた道、藤塚随道や先ほど歩いた元町ガードへ。正面に見える階段を上ると国登録有形文化財川島町旧配水計量室上屋。そこは水道坂で、坂を上ると西谷浄水場、横浜水道記念館があります。
 私は左に見えている急坂へ。

【訂正とお詫び】ここで轟音を聞いて勘違いをしたのです。私が聞いたのは貨物列車の走行音だったのですね。恥ずかしい、とても恥ずかしい。穴があったらいれ…… じゃなくて入りたい。全国の新幹線ファンの皆さま、貨物列車ファンの皆さま、ごめんなさい


f0379138_07081534.jpg
▲坂を上っていると
 急坂を上っているとあのタワーが現れました。


f0379138_07171736.jpg
▲謎のタワーの正体は
 お、上っている坂の丘とは違うところに現れました。実は上っている丘にあのタワーがあると思っていたのですが、見当外れの方角に。
 でも、これでわかりました。そっか、あれは水道記念館の目の前にそびえ立っていた横浜市防災行政無線西谷中継局電波塔じゃん。


f0379138_07173257.jpg
▲丘の上の畑
 坂の上は畑でした。


 ***


 謎のタワーが明かになりました。この丘へ来たのはそのタワー目的ってわけでもなかったのでこのまま歩き旅をつづけます。
 さて、丘の上の畑の向かい側にある公園も歴史的な地名を残すところです。


行程:→釜台公園→釜台つづら坂→上星川駅→水道道→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-02-20 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(2)
保土ケ谷の古墳とか遺跡とか色々 #3
f0379138_05312102.jpg


 予定外の保土ケ谷公園。梅のいい香りに誘われて寄り道しました。


第193回・神奈川徒歩々旅
保土ケ谷古墳とか遺跡とか色々 #3
2019年2月16日(土)


 ***


f0379138_05322024.jpg
▲にぎわい広場からの眺め
 にぎわい広場というところに来ました。いつもは道路をはさんだ反対側の野球場やサッカー場がある方を歩くのですが、初めてこちらを歩くことにしました。


f0379138_05314757.jpg
▲梅まつり
 梅まつりののぼりがたくさんありました。2019年の梅まつりは翌週、2月23日のようです。


f0379138_05325244.jpg
▲白梅
 日差しがなく寒々しい光景です。


f0379138_05331464.jpg
▲50種の梅
 梅林には50種もの梅が植えられているとのこと。根岸森林公園と同じで一斉に満開なんてならないんだろうなあ。


f0379138_05334145.jpg
▲濃い紅
 花の咲いている木が少ないこともあるでしょうが、多くの人がこの紅梅の前で立ち止まっていました。とても濃い紅でした。


f0379138_05341678.jpg
▲保土ヶ谷パーク
 花壇では何やら作業中。パンジーで保土ケ谷パーク。保土ケ谷公園では「園」の字をパンジーで表現するのは無理ですもんね。


f0379138_05343621.jpg
▲サーティーフォー保土ケ谷球場と仏向無線塔
 保土ケ谷球場と仏向無線塔がこんな風に見えるところがあったのかあ。これは青空ならば最高だなあ。


f0379138_05345119.jpg
▲イチョウ並木
 きれいなイチョウ並木です。左側の何やらの茶色い構造物と右端の電柱がなければ絶景なんでしょうけどね。もったいない。


f0379138_05354381.jpg
▲横浜新道星川ランプ
 横浜新道の星川入口。


f0379138_05355938.jpg
▲横浜新道と相鉄バス
 このエリアは相鉄のテリトリーですね。


f0379138_05361211.jpg
▲和田駅前商店街
 駅名は和田町ですが和田駅前商店街です。和田の駅前商店街ってことでしょうね。


f0379138_05362983.jpg
▲駅の向こう側
 駅前の踏み切りを渡り国道16号側へ。和田地蔵尊、そして細い道。なんとも趣のある光景に吸い込まれるようにそちらへ。


f0379138_05364889.jpg
▲国道16号
 そんな道もすぐに終わりようやく国道16号へ。でも直ぐに青看板の右折方向へ。
 おや、正面になんだかタワーが見えますねえ。なんでしょう?


 ***


 花が少なく少々寂しい観梅でした。天気も相変わらずイマイチですし。
 ようやく国道16号へ。正面に見えるタワーがとても気になるのでした。


行程:→県立保土ケ谷公園→星川ランプ→和田町駅→国道16号→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-02-19 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
保土ケ谷の古墳とか遺跡とか色々 #1
f0379138_17580032.jpg


 それほど天気がいいわけではない土曜日。以前から行ってみようと思いながらなかなか行けないでいる場所を歩いてみました。古墳あり、遺跡あり、ランドマーク観賞ありの歩き旅です。


第193回・神奈川徒歩々旅
保土ケ谷古墳とか遺跡とか色々 #1
2019年2月16日(土)


 ***


f0379138_17582162.jpg
▲首都高狩場線永田I.C.
 京急の井土ヶ谷駅方面から切通の坂を上り、峠にあたる首都高狩場線の少し手前からが今回の旅の舞台、保土ケ谷区です。


f0379138_17584281.jpg
▲永田I.C. 脇の階段
 いつも横目に見ていたこの階段。今回は上るんですよ。何段あるんだろうねえ。1,2,3…………


f0379138_17591142.jpg
▲瀬戸ケ谷弥生公園
 今回、初めて180段(数えましたよ)もある階段を上ることにしたのはこの公園が目的でした。
 この近辺には古墳が点在するのですが、公園名に「弥生」を冠しているとなればそうなのかなあと歴史に疎い私は思ったのです。でも、そんなの小島よしおみたいでした。


f0379138_17592510.jpg
▲瀬戸ケ谷弥生公園から眺望
 でもでもでもでも景色は最高! 首都高狩場線の迫力ある眺め。このトラック、車間が短すぎませんかね。その前にはパトカーがいるぞ。


f0379138_17594296.jpg
▲上大岡の摩天楼
 上大岡方面の眺望を楽しんだり。


f0379138_18000062.jpg
▲大山・丹沢
 富士山は雲の向こうでしたが丹沢が見えました。送電線でしょうか、面白い形の鉄塔が続いています。


f0379138_18315405.jpg
▲仏向無線塔
 仏向無線塔もよく見えます。これ、全部が公園内から見えるわけではないのですが、ちょっとした頂上になっているこの辺り、ほぼ360度の見晴らしが得られるのです。


f0379138_18001653.jpg
▲下山します
 こちらは保土ヶ谷駅方面。国道1号が手前でくいっとカーブしています。そのカーブは保土ケ谷橋交差点。画面右へ行けば首都高狩場線の永田I.C. 、京急の井土ヶ谷駅です。
 東海道本線も見えます。ちょうど横須賀線電車がやって来てラッキーでした。


f0379138_18004293.jpg
▲何気ないマンション
 このマンション、こう見えてここは3階部分です。


f0379138_18251731.jpg
▲マンション脇の階段を
 斜面にへばりつくようなマンションでした。そのマンション脇の階段を下るのですが……


f0379138_18262976.jpg
▲通っていいのか?
 公道なのか私道なのかわかりません。


f0379138_18283980.jpg
▲瀬戸ヶ谷町第二公園
 下りきって右折すると次の目的地に到着。瀬戸ケ谷町第二公園です。遊具がある普通の公園です。


f0379138_18290818.jpg
▲瀬戸ケ谷古墳?
 瀬戸ケ谷町第二公園の西側に古墳がある。とのことでやって来たのですが、これかな? これしかないな。
 戦時中の1943年、土地の所有者が蔬菜圃(「蔬菜=そさい」とは野菜、青物のことらしいです。ってことは畑? ちなみに「蔬」は「キノコ」と読むそうです)を開墾しようとしたら土器などが出てきたそうで、専門家が調査してみると完全な形の埴輪の頭部が出土したそうです。
 近辺では類を見ない大きさの前方後円墳であることがわかったそうです。


f0379138_04523912.jpg
▲ホントに古墳?
 でも本当にこれが瀬戸ケ谷古墳なのでしょうかね。上には家も建っているし、斜面はゴミだらけでしたよ。


f0379138_18294239.jpg
▲保土ケ谷橋交差点
 先ほど俯瞰した保土ケ谷橋交差点は瀬戸ケ谷町第二公園のすぐ近く。今度は東海道を歩きます。またかよ。


 ***


 思わぬ景色に大喜びしました。晴れていたらもっとスゴいでしょう。古墳は……って感じでしたが、あそこしか考えられないのでよしとします。


行程:自宅→井土ヶ谷駅→永田I.C. →瀬戸ケ谷弥生公園→瀬戸ケ谷第二公園→瀬戸ケ谷古墳?→保土ケ谷橋交差点→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-02-17 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
藤沢市 大庭・遠藤・御所見地区の旅 ~その3~
f0379138_05403515.jpg


 大庭城に攻め入ります。とは言っても大庭城に関しての明らかな記録はなく、平安末期に大庭氏の拠点であったと伝えられているそうです。


第170回・神奈川徒歩々旅
藤沢市
大庭・遠藤・御所見周辺の旅  ~その3
2018年10月6日(土)


 ***


f0379138_05340873.jpg
▲大庭城址公園
 現在は大庭城址公園として整備されています。


f0379138_05343287.jpg
▲土塁?
 勝手に平城(ひらじろ)だと思い込んでいましたが、なまった足腰には少々堪える平山城(ひらやまじろ)です。


f0379138_05350851.jpg
▲大庭城址の説明板
 大庭氏が興った平安末期から時代を下った室町中期、築城の名手、太田道灌によって本格的な築城がなされたようです。
 その後上杉朝良の時代に北条早雲に攻略され(舟地蔵の一件ですね)小田原北条氏の支配下となり、豊臣秀吉に小田原北条氏が滅ぼされ大庭城は廃城、だそうです。


f0379138_05354588.jpg
▲掘立柱建物址
 ここは掘立柱建物址(ほったてばしらたてものし)。1968年の調査で高床式の建物の柱の穴が確認されたそうです。


f0379138_05360526.jpg
▲空堀
 いくつかはっきりとわかる空堀が見られました。空堀を見つけるとテンションが上がります。


f0379138_05362248.jpg
▲土塁?
 これは城の構造なのか公園整備の際に造られたものなのかわかりません。土塁であると思い込ませてもらいます。


f0379138_05364606.jpg
▲原始・古代の集落
 この台地からは縄文、弥生、古墳、奈良、平安など、各時代の遺物が広範囲で発掘されているそうです。
 弥生時代の人々が引地川を利用した水田を開いたとのこと。ついさっき歩いたあの田んぼのことでしょうか。そう考えると感動します。


f0379138_05370536.jpg
▲遺跡発掘調査
 なんの工事かと思ったら遺跡の発掘調査中でした。大庭城に関する新たな発見があるといいのですが。


f0379138_05373176.jpg
▲大庭城址公園の園路
 大庭城址周辺には城に関する地名が多く残され、公園にもその名がつけられています。


f0379138_05375476.jpg
▲大庭裏門公園
 こちらは大庭裏門公園。大庭城の裏門がこの辺りにあったそうでこの名前は直球すぎます。この公園、中には入れません。覗き窓から野鳥を観察する公園のようです。


f0379138_05381890.jpg
f0379138_05384969.jpg
二番構(にばんがまえ)公園
 水が流れる二番構公園。「構」とは、本丸を守るように堀や土塁を備えた武士などの屋敷のことだそうで、裏門に隣接した場所を二番構と呼んだそうです。


f0379138_05391130.jpg
大庭丸山公園
 大庭丸山公園。丸山と城を結びつける根拠の知識はないのですが、塚とか築山のようなことでしょうか。
 道路を挟んだ向かいの小学校では運動会の真っ最中。あちらこちらで運動会が賑々しく行われていました。


f0379138_05394140.jpg
駒寄公園
 駒寄公園。大庭城に入城する際、二番構の前で馬をつなぎ止めた場所だそうです。馬の駐車場ですよね。

 駒寄公園の前に石川一の坪公園にも寄ったのですが写真を消去してしまいました。
 一の坪(一ノ坪・市ノ坪)とは、古代律令制度の「班田のための条理制区画」の呼び名だそうです。難しい。


f0379138_05400331.jpg
寛文12年庚申供養塔
 さて、大庭城関連以外の文化財も見学しました。大庭丸山公園から石川一の坪公園へ行く途中(要回り道)にある「寛文12年庚申供養塔」は藤沢市指定重要有形民俗文化財です。「南無阿弥陀仏」の文字が彫られているそうですが、ほとんど読めませんでした。


 ***


 城関連の地名も多く残る大庭城。確かな記録や大規模な発掘がされていないために少し損している城跡、という感じがしました。
 現在発掘調査中の対象が城跡なのかどうかはわかりませんが、なんらかの遺構がたくさん見つかるといいなあと思います。


行程:→大庭城址公園→大庭裏門公園→二番構公園→大庭丸山公園→北の谷共同墓地(寛文12年庚申供養塔)→石川一の坪公園→駒寄公園→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-10-09 07:00 | 湘南の旅 | Comments(0)