歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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旧城山町の旅 #3

2019.05.03.fri



 山の中へ入っていきます。思っていた以上に素晴らしいハイキングコースです。短時間ですが大満足の山旅です。


第211回・神奈川徒歩々旅
ヨコハマ散歩
旧城山町の旅 #3





①
 下馬梅近くから県道48号を南下し、先ほど立ち寄った小松薬師堂の少し手前からハイキングコースに入ります。「小松ハイキングコース」というコースのようです。


②
 先ほど見た名も知らぬ形のいい山を歩くようです。早速もろに山道です。地図すら持っていませんが大丈夫でしょうか。


③
 要所要所に的確な道標があるので迷いようがありませんでした。※山をナメてはいけません。


④
 ここは実は城跡なのです。これは空堀でしょうか?


⑤
 この説明板によると私が「空堀?」と思ったのはやはり空堀でした。
 ここは小松城跡。室町から戦国時代初期に築城された、八王子の片倉城の出城だったようです。
 ハイキングコースは細い尾根道で、両側には小松川、穴川が流れています。ふたつの川が自然の水堀を形成していたようです。


⑥
 一段高くなっている櫓台跡には社がありました。


⑦
 ハイキングコースはまだまだつづきますが私は下山します。


⑧
 見えてきたのは「宝泉寺」。真言宗のお墓です。スゴい墓地です。


⑨
 こちらは相模原市登録有形文化財(建造物)、「宝泉寺の石灯籠」です。1410年の銘があるようです。かなり古くて貴重なものですから屋根があってよかった。
 宝泉寺には同じく相模原市登録有形文化財(歴史資料)の「宝泉寺の板碑」もあるのですが公開はされていないようでした。


⑩
 境内には小松城跡の碑がありました。


⑪
 次に目指すのはダム湖の城山湖。このまま車道を城山湖まで歩くつもりだったのですが、ハイキングコースに戻ることにしました。


⑫
 一気に下った坂、階段をゼエゼエ言いながら上り返しました。でもこの素晴らしい光景がありますから。
 ここまではグーグルマップに道が記されていたのですが、ここから先は地図にはない道です。


⑬
 ここは美しかったです。かながわの美林50選に数えられる「川尻穴川のヒノキ林」です。


⑭
 こちらは「評議原」。地図には山中にポツンと記されています。
 小松城の武将が評議を開いたところ、だそうです。


⑮
 コースでは至るところにヤマツツジが咲いていました。
 マイナーなハイキングコースだと勝手に思っていましたが、予想外にたくさんの人とすれ違いました。こんなにきれいなら人気コースでしょうね。


⑯
 ヤマツツジはとてもきれいでした。


⑰
 車道が横切り、その先は「金比羅宮」です。



* * *


 新緑、ケヤキ、ツツジがとても美しい城跡でした。車道歩きではなくハイキングコースを選択して大正解でした。
 旅はクライマックスへ。


行程:→小松ハイキングコース→小松城跡→宝泉寺→城山湖ハイキングコース→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-05-07 07:00 | 相模原市の旅 | Comments(2)
神奈川一周の旅[第14日]#8

2019.04.03.wed



 神奈川一周の旅、難関だと思っていた大雄山駅(南足柄市)から箱根湯本を経て湯河原までの山越えを終えようとしています。ゆったり湯に浸かって疲れを癒したりしましょうか。


第203回・神奈川徒歩々旅
神奈川一周の旅[第14日]#8





画素情報
 五所神社から湯河原駅はすぐです。みやげ物店などがあり賑やかになってきました。


画素情報
 22年ぶりかな? の湯河原駅。以前来たときはこんな洒落た駅ではありませんでした。駅舎自体は変わってなさそうです。


画素情報
 駅前に建つ「土肥実平公並夫人像」。ここは土肥(どい)氏館跡。頼朝の時代の豪族、土肥氏の館があった場所だそうです。湯河原はかつて土肥村でした。駅前一帯は現在でも湯河原町土肥です。


画素情報
画素情報
 あまりにも早い時間に駅に到着したので駅周辺を散策しました。
 こちらは駅前の道路を渡った先にある一升石。1817年、光格上皇が御所に洲浜を造るにあたり、小田原藩主が湯河原吉浜の海岸で領民に米一升を与え集めさせた石だそうです。


画素情報
 一升石が置かれた場所から見えた桜。なんとも美しい。
 そういえば箱根の大観山手前で出会った、湯河原からクルマで来たご夫婦に湯河原の川沿いの桜を見ていって、と言われたことを思い出したのですが、川としか聞いていなかったのでどこなのかわからず断念しました。若干疲れていたので……


画素情報
 いつもは駅に着くとあっさり電車に乗ってしまう私。珍しくこんな散策をしてもなにもできないことに気づきました。
 おいしいと評判の店も知らないし、知っていたとしてもオッサン一人で入る勇気もないし……
 こちら湯河原のお菓子メーカーの「ちぼり」の店。なんとなくちぼりは知っていましたが、それが湯河原のメーカーであることも知らなかったという……


画素情報
 駅に戻りさらに散策。おお、これは知ってるぞ! 五月みどりの店「趣味の店 ヴィーナス」です。度々テレビの旅番組に取りあげられていますよね。


画素情報
 駅の洒落た構造物には、万葉集にも詠われた湯河原の湯、源泉かけ流しの湯がありました。ようやく湯に浸かり湯河原らしい気分に。
 足湯ならぬ「手湯」……


画素情報
 駅にはたくさんの観光客がいました。私も観光客ですよね?


画素情報
 結局手持ちぶさたにウロウロしただけで駅の中へ。


画素情報
 湯河原駅で電車を待っていると特急「踊り子」号がやって来ました。
 この車輌も早晩引退するのですよね。登場したころは「なんなんだこの電車は」と思ったものですが、いまではすっかり馴染みました。寂しいです。


画素情報
 もちろん私が乗るのは普通列車(ときどき快速)です。



* * *


 箱根湯本駅から箱根峠を経由して湯河原駅を目指したものの、箱根関所南交差点付近でリタイアし途方にくれてから約2ヵ月。ようやく湯河原に達したわけですが、前回の予定があまりにも無謀すぎたことがわかりました。
 神奈川一周の旅の山越えはこれにて終了。さあ、どんどん進んでいきましょう。


行程:→湯河原駅周辺→湯河原駅
歩行距離:20.68km 歩行時間:6時間21分
交通費:3,166円
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by akrk0911 | 2019-04-11 07:00 | 神奈川一周の旅 | Comments(0)
蒔田周辺、眺望の丘 #1

2019.03.17.sun



 毎月やって来る給料日前の休日。25日が給料日だとなんだか2週も週末が給料日前って感じがします。うるう年以外2月と3月は曜日の並びが同じ。先月も今月も給料日は25日。2ヶ月連続の長い飢餓感に襲われる……。なので近所の丘でゼロ円の景色を楽しみました。


第199回・神奈川徒歩々旅
横浜市南区
蒔田周辺、眺望の丘 #1





①
 地下鉄蒔田駅方面から蒔田小学校への坂を上ります。南区が言う七つの丘のうち、ここは蒔田の丘なのか堀ノ内の丘なのかよくわかりません。


②
 蒔田小学校を過ぎると見晴らしがよくなってきました。


③
 この写真を撮ったときは樹皮の様子から桜の木だと思ったのですが、その隣に明らかに梅の木とわかる木があり同じ花がついているのです。花は梅っぽい。桜の木に寄生した梅?


④
 丘の名前も花の名前も「?」なのですが、開けた景色を楽しみました。
 真ん中に写っているお寺は勝国寺。蒔田城を築いた吉良氏の菩提寺です。その背後の丘は蒔田城跡。さらに遠く遠くうっすらと丹沢が。


⑤
 蒔田城の跡地に建つ横浜英和学院が見えます。十字架を掲げた緑色の屋根の礼拝堂の辺りが本丸だったとか。谷をはさんだこちらにも砦とか築かれていたのでしょうか。


⑥
 さらに高度を上げるとぐんと広い眺望が得られました。残念ながら富士山頂は雲の中。裾の雪がなんとか見えました。


⑦
 この辺りは狭い範囲に小さな公園がいくつも密集しています。そのうちの好展望だった公園をご紹介。こちらは「蒔田谷戸田上(やとだうえ)第二公園」。


⑧
 谷戸田上第二公園からは丹沢や箱根も見えました。近場のよく歩く町並み、保土ヶ谷の仏向無線塔もよく見えました。


⑨
⑩
 少し歩いてこちらは「滝頭第三公園」からの眺め。根岸の工場群や県指定天然記念物、「根岸八幡神社の社叢林」が見えます。
 滝頭ってことは、ここは磯子区なのかな?


⑪
 滝頭第三公園から少し戻って「蒔田見晴らし公園」へ。こちらからはみなとみらい方面が見えましたが、電線が残念です。


⑫
 見晴らし公園の直下、「蒔田三度台公園」からは電線に邪魔されずにみなとみらいが見えました。
 三度台って国指定史跡の遺跡がある三殿台の間違いじゃないの? なんて思ったりもしていました。でも三殿台遺跡は全然違うところだしね。


⑬
 さて、三度台公園から魅力的な坂道が見えました。きっとその坂道、そしてそちらの丘からはまた違う景色が広がっているに違いありません。


⑭
 というわけでそちらの丘へとこちらの坂を下ります。トンネルが見えてきました。


⑮
 トンネルをくぐって振り返ると、それはトンネルじゃなくて洞門でした。そして、その洞門の名前が「三殿台」。三殿台ってどこまでなの? 三度台はなんなんだ?



* * *


 近所なのに疑問だらけ……。視界良好の丘散歩なのですがね。まあいいか。


行程:自宅→谷戸田上第二公園→滝頭第三公園→蒔田見晴らし公園→蒔田三度台公園→三殿台洞門→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-20 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #6

2019.03.09.sat



 玉縄城址を廻る旅もラスト。大船駅前で微笑む観音さまを拝みに大船観音寺へ。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #6





①
 玉縄地域のシンボリックな存在でありながら、ずっと見えなかった大船観音が栄光学園を過ぎた辺りから見えつづけています。


②
 見えそで見えない、ってことはよくあることですが、山の端に隠れそうで隠れないって感じでした。


③
 ってことで「大船観音寺」です。立ち寄るかどうするか迷いながら歩いていました。玉縄城との関係ってあるのかなあなんて思っていたので。


④
 なんだか山城へ向かう道のように思えます。


⑤
 だんだん近づいてきました。


⑥
 おお! 電車からはよく拝見しておりましたが、30数年ぶりのお目通りです。


⑦
 1929年に平和祈願のために建立に着手しましたが、5年後の1934年には社会的情勢や資材不足で中断しました。戦後、多くの人からの浄財により再開し1960年に完成したのが大船観音です。
 高さ25mは鎌倉の大仏の11m、奈良の大仏の15mをはるかにしのぐ高さです。


⑧
⑨
⑩
 言葉もありません。


⑪
 大船観音寺には玉縄城の砦が築かれていたそうです。眼下には敵の侵入を拒む柏尾川(当時は戸部川)。ここは最重要な砦だったのではないでしょうか。現在では、徒歩々旅には無縁の成田エクスプレスの動きを監視することも容易です。
 正面に見える形のいい山は「六国見山(ろっこくけんざん)」。円覚寺はこの山懐に抱かれています。


⑫
 観音さまとお別れして別の階段を下る途中に「鎌倉市指定有形文化財の木造 観音菩薩立像」を本尊とする「慈光堂」があります。正月以外は厨子の戸が閉ざされ拝観は叶いません。


⑬
 最後に観音さまを下から拝んで帰りました。花は「おかめ桜」だそうです。


⑭
 内容の濃い旅でした。


⑮
 さようなら。



* * *


 時系列の整理が追いつかずとッ散らかっている状態ではありますが、スゴいぞ玉縄城って感じの旅でした。
 なかなか観光で他県から足を運ぶのは難しいでしょうが、何かの機会に訪ねてほしいそんな玉縄地域でした。


行程:→大船観音寺→大船駅
歩行距離:12.03km 歩行時間:4時間19分 交通費:504円
拝観料等:500円(玉縄ふるさと館入館料:200円 大船観音寺拝観料:300円)
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by akrk0911 | 2019-03-17 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #5

2019.03.09.sat



 徐々に玉縄城の規模の大きさを感じるようになりました。次は玉縄城の鉄壁の守備に打ちのめされます。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #5





①
 のどかな道は平井家住宅で終わり。県道402号を東へ。遠くに青看板が見えています。


②
 なんじゃこりゃ! これって新しくするより安上がりなの?


③
 摩訶不思議な青看板が示している交差点は「城廻(しろめぐり)」交差点。このあたりは鎌倉市城廻という地名なのです。
 私は普段「めぐる」という言葉には「巡」という漢字を当てますが、今回は「廻」を当てています。そういうわけなのです。


④
 これまたスゴい名前の住宅地ではありませんか。


⑤
 城廻交差点からはなんとも不思議な青看板が指す大船方面へ。すぐに「清泉女学院」です。
 ここから右へ上る坂があり、その先こそが玉縄城址の中核なのですが「立入禁止」という禁断の四字熟語が私の鎧を突き破り、ハートに刺さるのでした。がっくりぽんや。坂の上までは公道だとばかり思っていたのです。
 たった四文字で敵の足を止める。いやいや現世でもなかなかの堅守っぷりではないですか。


⑥
 城廻交差点に戻り、鉄板をリベットで打ち付けるという力業で厳重に隠された秘密の地名方面へ進路をとります。


⑦
 秘密の地へ向かう道からそれて住宅街へと分け入ります。


⑧
 次なる目的地へ向かっていると見事な玉縄桜がありました。背景の家並み、竹林の山とのバランスがとてもよく感じました。
 このあと目指す場所が少々気乗りしない場所なので少しホッとしました。


⑨
 気乗りしない理由はこれ。予想通り何も見当たりません。
 奥まった住宅街の最奥。ここではすかしっぺですら何事かと住人たちがこちらを訝しげに覗きこむだろうというくらいの、住人以外足を踏み入れてはいけないような静かなところ。
 この藪の向こうに横穴があるはずなのです。


⑩
 しばらく藪の前を行ったり来たりし、慎重に躊躇すること1分くらい。わずかに藪の隙間があったので「ええいままよ!」と藪を掻き分けるといきなり標柱がありました。
 「……谷横穴……」かすかに文字が読み取れます。間違いない、ここだ。


⑪
 さらにガサッと一歩踏み込むと横穴らしきものがチラリと。


⑫
 ここまで来たら行ってしまえとガサガサガサと2歩3歩。ありました。鎌倉市指定史跡、「洗馬谷(せんばがやと)横穴群」。1000年以上も前のものです。内部には線刻も残されていると帰宅後に知りました。内部にまで突入している猛者ブロガーには頭がさがります。
 洗馬谷とはやはり玉縄城の時代に由来する地名でしょうか。馬を洗う谷だったのでしょうか。


⑬
 2基の横穴を確認できました。4基あるらしいのですが見当たりません。これ以上藪でガサゴソしていると、地域住人の一報で不審者の仲間入りをしかねないのでここまで。


⑭
 地名が隠された方面へ向かう道に戻り玉縄台交差点へ。ここを右折すると大船駅方面です。
 城廻交差点から例の青看板の示す「大船」方面は、清泉女学院の先のトンネルを抜け、龍宝寺の前を通りさらにこの旅の冒頭で歩いた龍宝寺トンネル、フラワーセンターを経て大船駅という大船へのメインストリートを指しているようです。
 そしてこちらはトンネルができるまでのメインストリートだったのかな?


⑮
 かつて玉縄北条の供養塔(ぶっけり仏)があった、お頭のおよろしいいけすかない「栄光学園」の前を過ぎ、大船駅へ向かう坂の途中にある玉縄こいぬ公園からの眺望です。形のいい山が私の目を捕らえます。そしてちょこんと……



* * *


 清泉女学院の鉄壁の守備はお見事。虫コナーズのような効き目を持つ伝家の宝刀「立入禁止」ですから。
 何もないだろうと諦めていた横穴はどうにか見ることができました。立入禁止のコナーズはここでは見当たりませんでした。
 この季節でよかった。たくさん足がある虫、ヘビ、クマが怖いので夏だったら絶対に引き返していましたね。
 玉縄城址を廻る旅もあと少しでゴールです。


行程:→清泉女学院(玉縄城址)→洗馬谷横穴群→玉縄こいぬ公園→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-16 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #4

2019.03.09.sat



 計画段階ではこんなに濃い旅になるとは思ってもみませんでした。地方のちょっとした城だと思っていたので。うれしくも頭が疲れる誤算です。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #4





①
 藤沢市から鎌倉市に戻るとすぐに「久成寺(くじょうじ)」があります。


②
 久成寺は後北条氏の家臣が自らの土地を寄進して開かれたお寺。のちに小田原攻めの際に家康が立ち寄った折り、3石の寺領が与えられたそうです。


③
 というわけで三葉葵の紋です。


④
 久成寺には上杉謙信(長尾景虎)の先祖、源実朝を討った公暁を倒した「長尾定景の墓」があります。北条、徳川、上杉ですか。なんかスゴいことになってますねえ。歴史にはそれほど強くない私の頭は混線状態です。


⑤
 こちらにも玉縄桜がありました。この日が初対面でしたが、すっかり虜になりました。


⑥
 久成寺の前の県道302号をさらに進みます。そのまま行けば陣屋坂の下へ通じていますがすぐに左折します。左折する角には道標があり「従是鎌倉道」とあります。


⑦
 道はこの日でもっともキツい坂、「ふわん坂」です。ここも切通です。これは玉縄城の時代の切通なのですかねえ。


⑧
 転んだらコロコロ下まで転げそうで不安です。ラッタッターでは上れないのではないかな? ラッタッター? 古い?


⑨
 ハアハアいいながらふわん坂を攻略し、平坦な道となり一息。突き当たりを左折します。右折すれば陣屋坂の上、大手門址、七曲坂です。


⑩
⑪
 このあたりは城宿(しろじゅく)という地区らしいですがどんな意味なのでしょうか。バス停でのみその名称を見ました。
 一帯には入母屋造りの立派な家がいくつもありました。畳店の先を右折します。


⑫
⑬
 町並みはのどかな風景に変わりました。


⑭
 のどかな道の先に長屋門が現れました。少し遠くから「アレッ、長屋門じゃねえ?」と気づき、恐る恐る(なぜ?)近づきました。当ブログではわざわざ「長屋門」のタグをつけるほど長屋門が大好物の私。ドキドキです。


⑮
 鎌倉市景観重要建築物等に指定されている「平井家住宅・長屋門」の長屋門でした。鎌倉市景観重要建築物等は少し調べが甘かったことを思い出しました。調べてまとめようと思いながらなかなかできず……。これまでも見落としがあったのだろうなあ。
 主屋もチラッと見えましたがあまりにもチラッとでしたので写真は長屋門だけです。



* * *


 北条、徳川、上杉……。次から次へと現れるビッグネームに頭が追いつきません。なんだかふわんになりますですです。長屋門はごちそうさまでした。
 城廻、まだつづいちゃいます。


行程:→久成寺→ふわん坂→平井家住宅→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-15 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(1)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #3

2019.03.09.sat



 陣屋坂を下りて玉縄城にゆかりのお寺や史跡公園を廻ります。ちょっと遠出(?)をしてみました。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #3





①
 こちらは「円光寺」。山号は「城護山」。読んで字のごとく城を守るお寺です。玉縄城の初代城主である北条氏時が開いたお寺で、元々は城の中にあったお寺だそうです。


②
 玉縄桜ではなく梅がきれいな円光寺。所蔵の「木造 毘沙門天立像」は鎌倉市指定有形文化財です。


③
 次に向かうのも玉縄城にゆかりのあるお寺です。円光寺を出て左へ歩き、こんな階段を上りました。


④
 階段から見た陣屋坂方面です。大きなマンション辺りが陣屋だったのでしょうか。


⑤
 階段を上りきるとさらに階段がありました。この細い階段の途中を鎌倉市と藤沢市の市境が横切っています。


⑥
 旅はしばらく舞台を藤沢市に移します。ここは二伝寺。玉縄城の西側を防御する重要な砦で、「二伝寺砦」と呼ばれていたそうです。


⑦
 こちらも北条氏時の開基。開山にあたり福原左衛門忠重の援助があったそうです。玉縄首塚で出てきた「福原氏」ですね。


⑧
 徳川家康によって開城された後、玉縄城を守護したのは松平正次。廃城となったあとも玉縄藩として松平家はこの地を納めたそうです。
 これは「松平正次一族の墓」。一番右が正次の墓。松平家とも縁のある二伝寺ですが、北条の家紋である三つ鱗が使われています。


⑨
 市境を越えたら見かけるのは玉縄桜ではなく河津桜でした。
 二伝寺には藤沢市指定重要文化財の「木造 聖観音坐像」があります。


⑩
 二伝寺をあとにしてさらに藤沢市を歩きます。この道は市境の道。左が鎌倉市、右が藤沢市です。クルマのナンバーが横浜ナンバー、湘南ナンバーに分かれていて面白かったです。


⑪
 こちらは藤沢市の「村岡城址公園」です。「村岡城」は玉縄城の支城だったそうです。歴史は玉縄城より古い平安時代、平良文による築城と言われているそうです。その平良文の墓は先ほどの二伝寺にあるとのこと。それは知らなかった。


⑫
 この「村岡城址の碑」が建っていなければ普通の公園です。子どもたちが元気に遊んでいました。
 一枚目の写真は村岡城址公園から見た藤沢市街方面の見張らしです。そんな景色を眺めれば、普通の公園も戦略上重要な場所だったような気がしてきます。


⑬
 村岡城址の碑の隣に建つ「三日月井の碑」です。村岡城内で使われる水が汲み上げられる井戸がこの近くにあったそうです。
 藤沢市村岡地区は史跡や文化財を巡るコースを整備していて魅力的です。いずれ歩いてみましょう。


⑭
 私好みの素晴らしい道に出会いました。たまらん!
 このあたりの地名は藤沢市渡内(わたうち)。玉縄首塚でこちらも出てきた「渡内氏」ですね。


⑮
 鎌倉市に戻ってきました。鎌倉市の入口が切通しって、なんか雰囲気があっていいですなあ。正面には陣屋坂の大きなマンションが砦のように構えていました。



* * *


 鎌倉市の旅ですが市境を越えて足を延ばしてよかったです。旅の冒頭、玉縄首塚で仕込んだにわか知識の点が、つながっていく感じがうれしかったです。
 玉縄城址廻りはまだつづきます。


行程:→円光寺→二伝寺(二伝寺砦)→村岡城址公園→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-14 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #2

2019.03.09.sat



 玉縄ふるさと館のジオラマでイメージを膨らませた玉縄城址の世界に足を踏み入れます。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #2





①
 龍宝寺の前の県道402号を横断歩道で渡り住宅街に入っていくと長屋門が現れます。個人宅の長屋門で玉縄城との関連はないでしょうが、これから玉縄城の核心部方面に入っていく旅人の気分を高めます。


②
③
 いよいよ冠木門をくぐって玉縄城の遺構へ。七曲坂は大手門へ通じる道。ここから正面突破するのは難しいでしょうね。


④
 坂の途中にある「七曲坂武者だまり址」。どんな猛者もここでは押し黙ってしまいます…… ではなく、下から攻めあげてくる敵から玉縄城の核心部を防御する武者が詰めていた場所だそうです。
 上杉、武田、里見が落とせなかった玉縄城の堅い守りのひとつだそうです。


⑤
 見晴らしがいいですね。ここから見張られ、これだけの坂道(当時は階段なんてなかったでしょう)では攻め込めないですよね。


⑥
 七曲坂は認定こども園の敷地に沿っています。その、こども園に段になった平場があるのですが往時の人工的な地形でしょうか? だとしたら素晴らしい遺構なのですが。


⑦
 坂を上りきると住宅街です。住宅街から一段高く「植木1号市民緑地」があります。ここは玉縄城の「太鼓櫓址」。太鼓櫓とは時報の太鼓を打ち鳴らす場所だそうです。


⑧
 太鼓櫓址から見下ろすと平場があります。ここは「焔硝蔵址」。鉄砲の弾薬を保管する蔵があったと考えられているそうです。


⑨
 周囲は普通の住宅街です。世が世ならここを兵たちが歩いていたのでしょうね。


⑩
 「大手門址」です。なんというか、なんつうか、なんだろうなあ。いまでも現役の「門」であることを喜ぶべきなのでしょう。よかったよかった。


⑪
 そのまま道なりに進み左折すると「陣屋坂」です。


⑫
 陣屋坂を下る前に、擁壁に造られた階段を上ります。


⑬
 そこには「玉縄城址の碑」があります。狭いところなのでこんな写真しかありません。北条早雲が築城したことから廃城までが書かれていました。


⑭
 陣屋坂であることを示すものはありませんし案内もありません。バス停の名称が「陣屋坂上」「陣屋坂」でした。


⑮
 こちらは「陣屋坂公園」。「相模陣」という地名が残っていることからそれに因んだ名称なのでしょう。相模陣は玉縄城の南側を防御する陣屋があったそうです。



* * *


 大手門址は見た瞬間に「おいしいブログネタ」、と笑ってしまいました。
 坂の上り下りを繰り返し、自然の要害を感じながら城廻りをつづけます。


行程:→小坂家の長屋門→七曲坂→植木1号市民緑地(太鼓櫓址)→大手門址→玉縄城址の碑→陣屋坂→陣屋坂公園→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-13 03:25 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市・玉縄城址を廻る旅 #1

2019.03.09.sat



 よく晴れた土曜日、鎌倉市唯一の城跡、北条早雲築上の玉縄城址を廻ってきました。決して有名ではありませんがいいところでした。


第198回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市
玉縄城址を廻る旅 #1





①
 そもそも鎌倉の玉縄って? という感じでしょうが、大船駅の西口、柏尾川の向こう側一帯の地域です。鎌倉市によると台一丁目、岡本、玉縄、植木、城廻、関谷を玉縄地域と呼んでいるようです。大船観音、大船フラワーセンターもこの地域です。


②
 柏尾川を渡り大船フラワーセンター方面へ歩くとまず現れるのが「玉縄首塚」。城廻りの旅の最初が首塚ってのもどうかと思いますが。


③
 1526年、鎌倉を攻略しようと鶴岡八幡宮に火をつけた南総の里見義弘。玉縄城主の北条氏時、大船甘糟、渡内、福原の各氏が応戦。その際に戦死した35名を供養した塚だそうです。


④
 フラワーセンターの前を素通りしてトンネルをくぐり県道402号を進みます。


⑤
 ちょっとわかりにくいですが、トンネルを抜けると松竹梅が勢揃いしていました。


⑥
 県道402号に面した「龍宝寺」にやって来ました。美しい山門です。松竹梅はどうやらこの龍宝寺の敷地のようです。


⑦
 銅葺きの屋根にキラキラ鮮やかな扁額が素晴らしい本堂です。


⑧
 本堂の左側に龍宝寺住職四世が建てた玉縄城主、玉縄北条氏供養塔がありました。元は現在の栄光学園の敷地にあったもので、後に龍宝寺の墓所に、さらに最近になって本堂横に移設されたそうです。
 かつて、倒れた供養塔を誰かが建て直してもすぐにまた倒れていたことから「ぶっけり仏」と呼ばれていたそうです。
 この五輪塔は新しいものですよねえ?


⑨
 境内には国指定重要文化財の「旧石井家住宅」があります。石井家は後北条時代の地侍から名主を務めた旧家。老朽化で取り壊すところを龍宝寺の住職が譲り受け境内に移築したのだそうです。


⑩
 国指定重要文化財の古民家は鎌倉市ではここだけですね。住職、グッジョブでした。


⑪
 旧石井家住宅の前には庚申塔群がありました。鎌倉市指定有形民俗文化財の「庚申塔(寛文八年銘)」でしょうか。なんの案内もありませんがほかに見当たりませんでしたので、これだよなあ?


⑫
 こちらも龍宝寺の境内にある「玉縄ふるさと館」。


⑬
 1階は玉縄城関連の展示がありました。「玉縄城」の詳しい説明もありましたがあまりにも長文でして……


⑭
 2階は農機具や生活用品の展示でした。


⑮
 境内では桜が咲いていました。「玉縄桜」と名称を記した札を見て、少し前テレビで見たフラワーセンターでの玉縄桜ライトアップの話題を思い出しました。そっか、玉縄ってこの玉縄かあ。
 黄色い花はウンナンオオバイ。とてもキレイな競演でした。



* * *


 ふるさと館ではジオラマも展示されており、それによるとこれから歩くところはほぼ玉縄城址。とても大きな城であったことを知りました。それにしても無名すぎる。
 テレビで見た玉縄桜とこの玉縄が、ようやくつながったアホな旅人です。いい時季に来ました。


行程:大船駅→玉縄首塚→龍宝寺トンネル→龍宝寺→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-12 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(1)
藤沢市 大庭・遠藤・御所見地区の旅 ~その3~
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 大庭城に攻め入ります。とは言っても大庭城に関しての明らかな記録はなく、平安末期に大庭氏の拠点であったと伝えられているそうです。


第170回・神奈川徒歩々旅
藤沢市
大庭・遠藤・御所見周辺の旅  ~その3
2018年10月6日(土)


 ***


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▲大庭城址公園
 現在は大庭城址公園として整備されています。


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▲土塁?
 勝手に平城(ひらじろ)だと思い込んでいましたが、なまった足腰には少々堪える平山城(ひらやまじろ)です。


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▲大庭城址の説明板
 大庭氏が興った平安末期から時代を下った室町中期、築城の名手、太田道灌によって本格的な築城がなされたようです。
 その後上杉朝良の時代に北条早雲に攻略され(舟地蔵の一件ですね)小田原北条氏の支配下となり、豊臣秀吉に小田原北条氏が滅ぼされ大庭城は廃城、だそうです。


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▲掘立柱建物址
 ここは掘立柱建物址(ほったてばしらたてものし)。1968年の調査で高床式の建物の柱の穴が確認されたそうです。


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▲空堀
 いくつかはっきりとわかる空堀が見られました。空堀を見つけるとテンションが上がります。


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▲土塁?
 これは城の構造なのか公園整備の際に造られたものなのかわかりません。土塁であると思い込ませてもらいます。


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▲原始・古代の集落
 この台地からは縄文、弥生、古墳、奈良、平安など、各時代の遺物が広範囲で発掘されているそうです。
 弥生時代の人々が引地川を利用した水田を開いたとのこと。ついさっき歩いたあの田んぼのことでしょうか。そう考えると感動します。


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▲遺跡発掘調査
 なんの工事かと思ったら遺跡の発掘調査中でした。大庭城に関する新たな発見があるといいのですが。


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▲大庭城址公園の園路
 大庭城址周辺には城に関する地名が多く残され、公園にもその名がつけられています。


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▲大庭裏門公園
 こちらは大庭裏門公園。大庭城の裏門がこの辺りにあったそうでこの名前は直球すぎます。この公園、中には入れません。覗き窓から野鳥を観察する公園のようです。


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二番構(にばんがまえ)公園
 水が流れる二番構公園。「構」とは、本丸を守るように堀や土塁を備えた武士などの屋敷のことだそうで、裏門に隣接した場所を二番構と呼んだそうです。


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大庭丸山公園
 大庭丸山公園。丸山と城を結びつける根拠の知識はないのですが、塚とか築山のようなことでしょうか。
 道路を挟んだ向かいの小学校では運動会の真っ最中。あちらこちらで運動会が賑々しく行われていました。


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駒寄公園
 駒寄公園。大庭城に入城する際、二番構の前で馬をつなぎ止めた場所だそうです。馬の駐車場ですよね。

 駒寄公園の前に石川一の坪公園にも寄ったのですが写真を消去してしまいました。
 一の坪(一ノ坪・市ノ坪)とは、古代律令制度の「班田のための条理制区画」の呼び名だそうです。難しい。


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寛文12年庚申供養塔
 さて、大庭城関連以外の文化財も見学しました。大庭丸山公園から石川一の坪公園へ行く途中(要回り道)にある「寛文12年庚申供養塔」は藤沢市指定重要有形民俗文化財です。「南無阿弥陀仏」の文字が彫られているそうですが、ほとんど読めませんでした。


 ***


 城関連の地名も多く残る大庭城。確かな記録や大規模な発掘がされていないために少し損している城跡、という感じがしました。
 現在発掘調査中の対象が城跡なのかどうかはわかりませんが、なんらかの遺構がたくさん見つかるといいなあと思います。


行程:→大庭城址公園→大庭裏門公園→二番構公園→大庭丸山公園→北の谷共同墓地(寛文12年庚申供養塔)→石川一の坪公園→駒寄公園→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-10-09 07:00 | 湘南の旅 | Comments(0)