歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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大岡川と弘明寺公園の夏





2019.07.28 sun
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 上大岡のひまわり畑を堪能したあと、大岡川やら弘明寺公園で夏の花を探そうと徘徊をつづけました。


第218回・神奈川徒歩々旅
横浜市南区
大岡川と弘明寺公園の夏



①裏道
 この道は上大岡から弘明寺方面へ向かう道。鎌倉街道と大岡川に挟まれた裏道です。どうにもこうにもこんな道を選んでしまうのです。


裏道②
 人生裏街道の枯れ落ち葉……。まあ、人生を反映しているというかなんと言うか。


画像情報
 時刻は昼さがり(時刻じゃないじゃん)。このショボくれた花はナニガオ? 大岡川のほとりに咲いていました。


画像情報
 こちらも大岡川。夏の花を探しているのですが、これはアリですか? なんだか味のあるアジサイです。


画像情報
 ここはとある急坂。マンション6階分を一気にのぼりました。


画像情報
 急坂の先は弘明寺公園です。ちょっとマイナーな入口です。


画像情報
 このブログではよくこんな写真が登場しますが、この入口付近で撮影したものです。


画像情報
 この階段が京急の撮影ポイントです。なんだか鬱蒼としていますねえ。


画像情報
 春は桜の高天井が見事なところですが、夏はこんな感じですね。
 そう言えばそうでした。弘明寺公園ってあまり花っ気のない公園でした。夏っぽい花はありませんでした。


画像情報
 梅雨明け目前の午後。展望台西側の富士山や丹沢は望むべくもなく。


画像情報
 反対側のみなとみらいもモワッと。ランドマークタワーは左側の背の高い木の向こう側です。


画像情報
 こちらは弘明寺駅の目と頭の先の崖、直下が弘明寺駅です。しばらく工事をしていましたが擁壁が完成しました。下を覗くのが怖い高所恐怖者です。


画像情報
 新しい擁壁からではないのですが周囲の木が刈られたところがあり、京急の電車がよく見えるようになりました。ついでに展望台からランドマークタワー方面にある、伸びた木の枝も剪定してくれればいいのに。




f0379138_22191554.jpg なんだかただのオッサン散歩でした。サルスベリとかなんとかガオとか期待していたんですけどね。 さて、水没したカメラはやはりダメそうなので、次の徒歩々旅はいつになることでしょうか。みなさん、忘れないでくださいませ。
行程:最戸橋→大岡川→弘明寺公園→自宅歩行距離:7.66km 歩行時間:1時間46分 交通費:0円

by akrk0911 | 2019-07-30 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
上大岡のひまわり畑





2019.07.28 sun
トップ画像


 どうやらメッシは横浜のピッチに立たなかったという7月も終わろうとしています。晴れ間と休日の折り合いがどうしてもつかず、出不精になってしまった私。7月最後の日曜日、外を見ると晴れているようだったので出かけてみました。


第218回・神奈川徒歩々旅
横浜市港南区
上大岡のひまわり畑



画像情報
 やって来たのは上大岡の、なかなか有名になりきれない「大賀の郷 ひまわり畑」。3万本のひまわりですぞ。百万本のバラには到底及びませんが。
 昨年は行ったらもう終了していたという悲喜劇に見舞われたのでした。


画像情報
 この日もこの日とて、お、そう言えばと調べてみるとこの日が最終日。慌てて出かけたのでした。


画像情報
画像情報
 
 ♪ ひまわりが揺れている 風もなく Oh

 なんて歌を覚えている人なんていないんだろうなあ。ましてやその歌が主題歌だった「横浜心中」なんてドラマ、誰も覚えちゃいないですよねえ。まあ、私もほとんど覚えちゃいません。佐藤浩市が主演だったことくらいしか覚えていないんですよねえ、大好きなドラマだったんですけど。


画像情報
画像情報
 上大岡のひまわり畑は住宅に囲まれています。だから果てしのない黄色い絨毯なんて望めません。


画像情報
画像情報
 でもまあ、なんともローカルなマイナー・スポットらしくていい感じです。


画像情報
画像情報
 ブンブンとハチが飛び交っていました。ひまわり畑って甘い香りが漂うわけではありませんが、ひまわりの蜂蜜ってどんな味がするのでしょうか。


画像情報
 なかなかの力作が展示されていました。私はこんなに上手く絵を描いたことがありません。


画像情報
 ひまわりには短冊も吊るされていました。「しょうらい おいしゃさんになれますように」。へー。


画像情報
 予想以上にナイスなひまわり畑でした。




f0379138_17305430.jpg 久々の徘徊でしたが、暑すぎでした。あまりにも暑すぎて、帰宅後カメラを水没しちゃいましたよ! また出かけられねえ。
 あまりにも暇だったので若干レイアウトをいじりました。「おい、オイラのブラウザではレイアウトが崩れているぞ」なんてことがありましたら、お知らせくださると幸いです。


自宅→大賀の郷 ひまわり畑→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-07-29 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
長~い梅雨にて





2019.07.16 tue
トップ画像


 梅雨、長いですね。ブログを書く気も失せるきょうこの頃。いかがお過ごしですか?
 少し前ですが写真を撮っていたことを思い出しました。


番外・神奈川徒歩々旅
ちょっと寄り道
長~い梅雨にて



マンション
 仕事で金沢区役所を訪れ、金沢文庫駅へ戻る際にちょっと散歩したのでした。いつもは国道16号を「無機質」に歩くのですが、今回は裏道を。
 京急の車内広告で「区心」とかわけのわからないこと言っているのはこの辺りのマンションでしょうか?


団地
 マンション群の目と鼻の先には団地があります。やはり「区心」にはこの風景がしっくりとくるのです。


玉
 土木事務所の前にあるモニュメント(?)ですが、なんでしょう。正面に銘板らしきものがあるのですが読み取れず、元より何かが書かれていたのかさえわからず。そして相変わらず調べない私……


暗渠
 最近まで知らなかった道です。ここは国道16号と旧16号に挟まれたエリア。恐らく暗渠だと思うのですが、なんとも記憶が曖昧。調べればいいのにね。


交差点
 暗渠らしき道は国道16号君ヶ崎交差点でおしまいです。


歩道橋
 君ヶ崎交差点の横断歩道からは横浜のアルプス、大丸山連嶺が望めました。ドヨンとした梅雨の空に煙たく聳えていました(アルプス、連嶺、聳えるってほどじゃないんですがね)。




f0379138_03335290.jpg というわけで仕事中の呑気なぶらりを記事にしてみました。最近はケガをしたりなんだりでアレな日々を送っておりました。梅雨が明けたらまた大股で歩こうと思います。長~い梅雨にて、こんな感じで失礼します。
行程:金沢文庫駅→金沢区役所→暗渠?→君ヶ崎交差点→金沢文庫駅
歩行距離:─km 歩行時間:─時間─分 交通費:0円

by akrk0911 | 2019-07-20 07:00 | ちょっと寄り道 | Comments(0)
横浜市鶴見区の文化財 #1
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文化財ファイル
横浜市鶴見区の文化財 #1

 なんとなく京浜工業地帯のイメージが強い鶴見区ですが旧東海道もありなかなかの歴史タウンなのです。



横浜市鶴見区矢向3丁目


二カ領用水路地跡
にかりょうようすいろちあと
【横浜市登録地域史跡】
1998年11月9日 登録
所有者:横浜市
 この碑は、1972年(昭和47)に矢向地区の人々が埋め立てられた二ヶ領用水の跡地を国から払い下げを受けて、道路と緑地帯に整備して二ヶ領用水路に架けられていた石橋を再利用して建てたものである。
[鶴見区:鶴見区の歴史]

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 稲毛領と川崎領の二領の水をまかなうので二カ領用水。この用水路は徳川家康の命により多摩川の治水と新田開発を目的として整備されたものです。海水が入り込む鶴見川では不可能だった稲作をこの地にもたらしたのはこの用水路なのです。時代が下って工業用水としても使用されたようです。



横浜市鶴見区市場西中町4-8


市場一里塚
いちばいちりづか
【横浜市登録地域史跡】
1989年12月25日 登録
所有者:熊野神社(市場一里塚保存会)


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横浜市鶴見区鶴見中央1丁目14-1 鶴見神社


寺尾稲荷道道標
てらおいなりどうどうひょう
【横浜市登録地域有形民俗文化財】
2006年11月1日 登録
数量:1基
 寺尾稲荷道道標は、旧東海道の鶴見橋(現鶴見川橋)付近から寺尾・小杉方面への分岐点にあった三家稲荷に建てられたいたもので、一村一社の神社合祀令によって、大正年間に三家稲荷が鶴見神社境内に移された時に、移されたと思われます。
[現地説明板]

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 現在、旧東海道の鶴見川橋付近にレプリカも建てられています。

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旧東海道鶴見川橋付近に建つレプリカ


鶴見の田祭り
つるみのたまつり
【横浜市登録地域無形民俗文化財】
2017年11月1日 登録
所有者等:鶴見田祭り保存会
4月29日

 鶴見神社で五穀豊穣を祈念する鶴見の田祭り。鎌倉時代からつづく行事でしたが、明治から途絶えていたそうです。1987年に復活し毎年4月29日に行われています。


鶴見神社境内貝塚
つるみじんじゃけいだいかいづか
【横浜市指定史跡】
2008年11月20日 指定

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横浜市鶴見区鶴見中央2丁目


鶴見橋関門旧跡
つるみばしかんもんきゅうせき
【横浜市登録地域史跡】
2005年11月1日 登録
所有者:横浜市

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 生麦事件以降、セキュリティー強化の策として置かれた関門のひとつです。



横浜市鶴見区生麦4丁目27-18  道念稲荷社・横浜市鶴見区生麦3丁目13-37  生麦神明社


蛇も蚊も
じゃもかも
【横浜市指定無形民俗文化財】
1992年11月1日 指定
6月第1日曜日
 悪霊放逐、祈雨、祈晴の行事です。
[神奈川県無形民俗文化財マップ]

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 鶴見区生麦の同年道念神社、生麦神明社で行われる奇祭です。以前は一緒に行われていたそうですが、本家争い、元祖争いで決裂して同じ日に別々に行われています。



横浜市鶴見区生麦1丁目


生麦事件碑
なまむぎじけんひ
【横浜市登録地域史跡】
1988年11月1日 登録
所有者:横浜市(生麦事件碑顕彰会)
 薩摩藩島津久光一行は、東海道沿いの生麦村で騎乗のイギリス人四名に遭遇、行列の通行を妨害したとして護衛の薩摩藩士がイギリス人一名を殺害、二人に深手を追わせました。この事件は翌年に薩英戦争を引き起こしました。
[現地説明板]

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写真上:生麦事件碑 写真下:碑より川崎寄りにある発生現場の説明板



横浜市鶴見区


太刀 銘 来国光
たち めい らいくにみつ
【国指定重要文化財 工芸品】
1958年2月8日 指定
数量:1口
所有者:個人
 鎌倉時代。僅かに磨上。徳川家光より島津光久が拝領の品と伝わり、拵はこの折り製作されたと云われる。
[神奈川県文化財目録]


刀 銘 肥前国佐賀住橋本新左衛門尉忠吉
かたな めい ひぜんのくにさがじゅうはしもとしんざえもんじょうただよし
【県指定重要文化財 工芸】
1954年12月3日 指定
数量:1口
所有者:個人
 江戸時代。反りの浅い刀姿で鼓中心である。
[神奈川県文化財目録]


刀 銘 加卜
かたな めい かぼく
【県指定重要文化財 工芸】
1955年5月10日 指定
数量:1口
所有者:個人
 江戸時代。金像嵌銘延宝三年十月十六日二ツ胴於眼前切断之山野勘十郎久英、身幅堂々とした寛文新刀である。
[神奈川県文化財目録]


刀 銘 長曽禰興正
かたな めい ながそねおきまさ
県指定重要文化財 工芸
1955年5月10日 指定
数量:1口
所有者:個人
 江戸時代。金像嵌銘延宝三年十月十六日二ツ胴於眼前切断之山野勘十郎久英、身幅広い堂々とした寛文新刀である。
[神奈川県文化財目録]


太刀 銘 信国
たち めい のぶくに
県指定重要文化財 工芸
1956年8月17日 指定
数量:1口
所有者:個人
 南北朝時代。銘信国。京反りの優美な太刀。表に素剣、裏に腰樋が彫刻されている。生中心。
[神奈川県文化財目録]


わきざし 銘 相模国住人広光 康安二年八月日
わきざし めい さがみのくにじゅうにんひろみつ こうあんにねんはちがつひ
県指定重要文化財 工芸
1959年2月4日 指定
数量:1口
所有者:個人
 南北朝時代。平造り身幅広い寸延び姿のわきざし。表に倶利伽羅、裏に素剣の彫刻がある。
[神奈川県文化財目録]



2019年6月8日現在








by akrk0911 | 2019-07-14 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)
鎌倉市浄明寺・十二所の文化財



文化財ファイル
Kanagawa Treasurer



鎌倉市 浄明寺・十二所



鎌倉市浄明寺3丁目8-31浄妙寺



石造 宝篋印塔(明徳三年銘・伝足利貞氏墓)
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1966年7月12日 指定
数量:1基

宝篋印塔 本堂の裏の目立つところにありますがひっそりとしています。足利貞氏は言わずと知れた室町幕府初代征夷大将軍、足利尊氏の父親です。その足利貞氏の墓と伝えられている宝篋印塔です。

紙本淡彩 地蔵菩薩像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1972年12月12日 指定
数量:1幅


木造 退耕禅師坐像
もくぞう たいこうぜんじざぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
1942年12月22日 指定
数量:1躯

 鎌倉時代。寄木造。通常の頂相の形をとり、衣文はかなり簡略化しているが、面相は個性的である。[神奈川県文化財目録]


木造 阿弥陀如来立像
もくぞう あみだにょらいりゅうぞう
【県指定重要文化財 彫刻】
2001年2月13日 指定
数量:1躯
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代。ヒノキ材の割矧ぎ造、玉眼嵌入、金泥塗り仕上げの三尺阿弥陀。鎌倉地方彫刻の成立期の像。[神奈川県文化財目録]


木造 荒神立像
枯山水【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1986年10月11日 指定
数量:1躯


木造 釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
2002年11月15日 指定
数量:1躯


紙本墨書 浄妙寺文書
【鎌倉市指定有形文化財 書跡】
1971年9月11日 指定
数量:3巻(9通)


紙本墨書 神明鏡
【鎌倉市指定有形文化財 典籍】
2017年9月1日 指定
数量:上下 2冊
所在:鎌倉国宝館


浄妙寺境内
じょうみょうじけいだい
【国指定史跡】
1966年11月2日 指定

参道 鎌倉時代の創建にかかり、室町時代、足利義満の時に設けられた鎌倉五山としてつとに著名である。いずれも現在の境内はもちろん、つとめて明治以前の旧規にのっとり、往時の寺観、規模を保護する。
[国指定文化財等データベース]

 鎌倉五山第五位。文治四年足利義兼創建の極楽寺を改称したと伝える。塔頭20を数えたがすべて廃絶した。
[神奈川県文化財目録]

 かつては多くの塔頭(たっちゅう)を擁する広大な敷地を持っていたのですが、その多くを火災で失ったそうです。その名残で地名が「浄明寺」なのですが、名刹に敬意を表してか、「妙」を「明」の字に変えています。


鎌倉市浄明寺3丁目8-31


庚申塚
庚申塚(いなり道)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1976年12月14日 指定
数量:1基
所有者:鎌倉市

 浄妙寺の山門の少し手前を右折し、すぐに突き当たりを左折、道なりに進むとこの庚申塚があります。なかなか足を運ぼうと思わない立地ですが、斜面に点在する石造物群は見応えがあります。


鎌倉市浄明寺2丁目7-4報国寺



絹本著色 花鳥図
けんぽんちゃくしょく かちょうず
【県指定重要文化財 絵画】
1953年12月22日 指定
数量:2幅
所在:鎌倉国宝館

 明時代。花、鳥、虫の細部にいたるまで実に刻銘に描写され、写生画として立派になりたつものである。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 羅漢図
けんぽんちゃくしょくらかんず
【県指定重要文化財 絵画】
1954年7月27日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館

 室町時代。羅漢像として様式的に特色はないが、背後の衝立に水墨をもって山水画を描いている。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 在中広衍像
けんぽんちゃくしょく ざいちゅうこうえんぞう
【県指定重要文化財 絵画】
1965年5月14日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館

 南北朝時代(嘉慶2年)。当画像は頂相としては珍しく墨画で描かれている。日本墨画の先駆的な作例である。[神奈川県文化財目録]


紙本著色 暘谷乾幢像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1969年10月18日 指定
数量:1幅

竹林
絹本著色 文殊大士像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1971年9月11日 指定
数量:1幅


紙本墨画 十六羅漢図
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1975年4月10日 指定
数量:1幅


紙本著色 洋乎和尚像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1989年10月12日 指定
数量:1幅


絹本著色 羅漢図
画像情報【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
2004年11月17日 指定
数量:1幅
所在:鎌倉国宝館


木造 釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1972年12月12日 指定
数量:1躯


木造 仏乗禅師坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1987年10月14日 指定
数量:1躯


銅造 古鏡
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
1969年10月18日 指定
数量:1面


紙本墨書 東帰集(伝仏乗禅師筆)
しほんぼくしょ とうきしゅう(でんぶつじょうぜんじひつ)
【国指定重要文化財 書跡】
1926年4月19日 指定
数量:1巻
附)絹本著色仏乗禅師像 1幅
  堆朱印櫃入木印 2顆
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代。報国寺開山天岸慧広の自筆といわれる漢詩および偈二百首余を収録したものである。[神奈川県文化財目録]


紙本墨書 仏乗禅師度牒
紙本墨書 仏乗禅師戒牒

しほんぼくしょ ぶつじょうぜんじどちょう
しほんぼくしょ ぶつじょうぜんじかいちょう
【国指定重要文化財 書跡】
1926年4月19日 指定
数量:2点
仏乗禅師度牒 1通
仏乗禅師戒牒 4幅
所在:鎌倉国宝館
※仏乗禅師度牒:弘安九年十一月八日とある
※仏乗禅師戒牒:弘安元年十一月八日とある


 鎌倉時代。得度し、比丘になったことを政府が証明したものが度牒で、戒を受けたことを証明して出されるのが戒牒である。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市浄明寺2丁目6-7



旧華頂家住宅主屋
きゅうかちょうけじゅうたくしゅおく
【国登録有形文化財 建造物】
2006年10月18日 登録
旧華頂宮邸
【鎌倉市指定景観重要建築物等】
華頂家2006年4月1日 指定
数量:1棟
所有者:鎌倉市

 敷地北寄りに建ち、南にフランス式庭園を配す。木造2階建、地階及び屋階を設け、切妻造、銅板葺。外観はハーフティンバー形式で一部タイル貼とする。内部は前後2列に室を配し、背面に平屋のサービス棟を附属する。幾何学的な庭園と共に端正な趣の景観を形成。
[国指定重要文化財等データベース]

 賑わう報国寺の奥の谷戸に佇む素晴らしい西洋館です。ちょっと言葉を失う美しい庭園です。訪れたのは春の大型連休でしたが、人影はほとんどなく、時の経つのを忘れる静けさでした。鎌倉観光の際はぜひ訪れてほしいところです。


鎌倉市浄明寺5丁目1-23



旧一条恵観山荘
きゅういちじょうえかんさんそう
【国指定重要文化財 建造物】
1964年5月26日 指定
1960年5月17日 県指定
数量:1棟
所有者:財団法人茶道宗徧流不審庵

ルパン 江戸時代初期。旧所在京都府京都市北区西賀茂川上町。江戸時代初期の貴族の茶屋の傑出した遺構である。
[神奈川県文化財目録]

 県道からチラリと見ることができます。「建物見学」実施日が公式サイトで公開されています。行ってみねば。


鎌倉市十二所32明王院



木造 不動明王坐像
もくぞう ふどうみょうおうざぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
2012年9月6日 指定
明王院説明板数量:1躯

 鎌倉時代。鎌倉五大堂の本尊、五大明王像の中尊にあたるとみられる作例であり、その作者は当代の代表的な仏師の一人、肥後定慶であるとする説がある。[神奈川県文化財目録]


木造 五大明王像(中尊除く)
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1982年4月13日 指定
数量:4躯
附)像内納入品
2013年3月12日 内容変更


紙本墨書 明王院文書
しほんぼくしょ みょうおういんもんじょ
【県指定重要文化財 書跡】
1975年2月7日 指定
数量:4巻 19通
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代~江戸時代。鎌倉時代5通、南北朝時代11通、室町時代7通の文書からなり、鎌倉時代の文書には異国降伏祈祷記などが含まれている。[神奈川県文化財目録]


紙本墨書 法華堂文書
しほんぼくしょ ほっけどうもんじょ
【県指定重要文化財 書跡】
1975年2月7日 指定
数量:1巻 27通
所在:鎌倉国宝館

 鎌倉時代~江戸時代。源頼朝の持仏堂が、彼の死後廟所となったのが法華堂でここに伝来した一巻二十七通の中世文書が法華堂文書で、現在は明王院が所蔵する。[神奈川県文化財目録]


庚申塔(正徳二年銘)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1965年3月30日 指定
数量:1基


鎌倉市十二所793光触寺



紙本淡彩 頬焼阿弥陀縁起
しほんたんさい ほほやきあみだえんぎ
【国指定重要文化財 絵画】
1900年4月7日 指定
数量:2巻
所在:鎌倉国宝館

光触寺山門 鎌倉時代。本尊の阿弥陀如来像に関する伝説の絵巻物。[神奈川県文化財目録]


絹本著色 阿弥陀三尊像
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1969年10月18日 指定
数量:1幅


紙本著色 頬焼阿弥陀縁起絵巻模本
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1988年10月12日 指定
数量:2巻


木造 阿弥陀如来及両脇侍立像
もくぞう あみだにょらいおよびりょうきょうじりゅうぞう
【国指定重要文化財 彫刻】
1923年8月4日 指定
数量:3躯

 鎌倉時代。寄木造。寺伝では同寺に伝わっている頬焼阿弥陀縁起絵巻に出てくるのは本像であるとする。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市十二所・横浜市



朝夷奈切通
切通あさいなきりどおし
【国指定史跡】
1969年6月5日 指定
2003年8月27日 追加指定
2007年7月26日 追加指定
2008年7月28日 追加指定

 鎌倉七切通しの一つで、1240年(仁治元年)、北条泰時(やすとき)により鎌倉と金沢・六浦を結ぶ道として造られました。
 いつ頃完成したかははっきり分かっていませんが、あまりに早くこの道が完成したため、朝比奈三郎義秀(あさひなさぶろうよしひで)という豪傑(ごうけつ)が一夜でこの峠を切り開いたという伝説ができました。
 今は別に新道が開かれたので、この道を通る人はあまりいませんが、鎌倉時代のおもかげをよく残しているので国の史跡として保護されています。
[鎌倉市:史跡がいっぱい!]

 見所の多くは横浜市側にあります。



文化庁:国指定文化財等データベース●2019年
神奈川県文化財目録●2019年5月1日
鎌倉市指定文化財一覧表●2019年2月20日
鎌倉の景観重要建築物等一覧表●2019年5月22日



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by akrk0911 | 2019-07-12 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)
鎌倉市大町の文化財



文化財ファイル
Kanagawa Treasurer



鎌倉市 大町


鎌倉市大町1丁目15-1妙本寺



木造 妙本寺祖師堂
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
2016年2月17日 指定
数量:1棟

祖師堂 大きく立派なお堂です。比企能員の史跡と合わせて興味深い妙本寺。本堂とは別のこの祖師堂。祖師堂とは開山者や宗祖の像を安置するお堂だそうです。


木造 日蓮坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1965年10月13日 指定
数量:1躯

 私が訪れたときは「立教開宗慶讃千部会法要(せんぶえほうよう)」が行われていました。祖師堂に安置されている日蓮像がこの像ならば見ることができました。そうなのかなあ?

木造 宝冠釈迦如来坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
2002年11月15日 指定
数量:1躯


雲版
うんぱん
【国指定重要文化財 工芸品】
1969年6月20日 指定
数量:1面
建武四年三月五日大工清原宗広の刻銘がある

 室町時代。銅製鋳造。時を告げる合図などに使われた。形姿が雲形ゆえ雲版と呼ばれている。[神奈川県文化財目録]


木造 散蓮華蒔絵前机
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
1975年4月10日 指定
数量:1基
いちょう

イチョウ
【鎌倉市指定天然記念物】
1974年4月10日 指定
数量:1株

 祖師堂に向かって右側の墓所に天を突くように立っています。初見は若葉が萌え始めた時期でしたが、やはり黄葉の時季に訪れたいものです。


鎌倉市大町


伊藤邸(旧望洋楼)
【鎌倉市指定景観重要建築物等】
1990年12月1日 指定
数量:1棟
所有者:個人

 とある方のブログ記事を頼りにそれらしき辺りを探したのですが、見つかりませんでした。


鎌倉市大町1丁目11-22八雲神社



銅造 観音菩薩御正体
【鎌倉市指定有形文化財 工芸】
2005年11月10日 指定
数量:1面


八雲神社の庚申塔庚申塔(寛文十年銘)
【鎌倉市指定有形民俗文化財】
1965年3月30日 指定
数量:1基

 参道にひっそりと建っています。笠付きの立派な庚申塔ですが、なかなか人目を引くには至っていませんでした。


鎌倉市大町1丁目4-29教恩寺



木造 阿弥陀如来及び両脇侍立像
もくぞう あみだにょらいおよびりょうきょうじりゅうぞう
【県指定重要文化財 彫刻】
1978年11月17日 指定
数量:3躯

 鎌倉時代。寄木造。穏やかな衣文の刻出や目尻の吊り上がった厳しい表現に快慶風の作風を感ぜられる像である。[神奈川県文化財目録]


鎌倉市大町1丁目11-4別願寺



石造 宝塔
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1971年9月11日 指定
宝塔数量:1基

 足利持氏の供養塔とされる大きな宝塔です。現代の一般的な墓石に比べるとその大きさがよくわかります。鳥居が浮き掘られているのが印象的でした。

太平尼寺出土品
【鎌倉市指定有形文化財 考古資料】
1974年4月10日 指定
数量:2個
 青磁蓋付文壷 1個
 古瀬戸黄緑釉尊形花器 1個


鎌倉市大町3丁目1-22安養院



安養院宝篋印塔
あんよういんほうきょういんとう
【国指定重要文化財 建造物】
1954年3月20日 指定
数量:1基

宝篋印塔 鎌倉時代。相輪は後補。台座上部の蓮弁および側面の格狭間は、よく時代の特徴をあらわしている。[神奈川県文化財目録]

 本堂裏の大きな宝篋印塔は浄土宗名越派開祖尊観上人の墓と言われるものです。すぐそばには北条政子の墓とされる小振りな宝篋印塔があります。

木造 願行房円満上人坐像
【鎌倉市指定有形文化財 彫刻】
1991年10月11日 指定
数量:1躯


マキマキ
【鎌倉市指定天然記念物】
1973年4月11日 指定
数量:1株

 八方に枝を伸ばしたマキ。夏は心地よい木陰となることでしょう。蚊もいるでしょうが。


鎌倉市大町4丁目7-4妙法寺



木造 妙法寺表門
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1995年10月13日 指定
数量:1棟

表門 残念ながら門は閉ざされています。境内への参道はこの左側にあります。

板絵著色金彩 本堂障壁画
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1994年10月11日 指定
数量:1具
 花卉折枝図天井(格天井) 100面
 巻雲波涛図天井(格天井) 80面
 郭巨図板戸 4面
 孟宗図板戸 4面
 鳳凰図板戸 8面
 松梅瑞亀図板戸 8面
 梅ニ尾長鳥図板戸 8面
 松図天袋引戸 2面
 獅子図腰板戸 4面
 絵小壁 45面
附)絹本著色 細川耇姫像 1幅


鎌倉市大町4丁目4-18安国論寺



紙本著色 日蓮上人松葉谷行状図
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
1988年10月12日 指定
数量:1幅


紙本著色 日蓮聖人註画讃
【鎌倉市指定有形文化財 絵画】
2016年2月17日 指定
数量:1巻
所在:鎌倉国宝館


安国論寺遺跡出土の埋納品
【鎌倉市指定有形文化財 考古資料】
2014年2月14日 指定
数量:1括


ヤマザクラサザンカ

ヤマザクラ(市原虎の尾)
【鎌倉市指定天然記念物】
1976年4月13日 指定
数量:1株

 一般的に思いつくヤマザクラとは趣の異なる八重の白い花でした。

サザンカ
【鎌倉市指定天然記念物】
1977年6月11日 指定
数量:1株

 花の季節を外してしまいました。いずれ花を愛でに行きたいものです。


鎌倉市大町



大町釈迦堂口遺跡
おおまちしゃかどうぐちいせき
【国指定史跡】
2010年8月5日 指定

画像情報 総数64基のやぐらと、13~14世紀に造成された平場の建物等の遺構が、一体で遺存している数少ない貴重な場所であり、鎌倉において宗教的な目的で行われたと考えられる谷戸の開発と祭祀信仰のあり方を知る上で重要。[神奈川県文化財目録]

 立ち入り禁止なのが残念です。64基あるらしいやぐらですが、帰宅後に写真を見て1基のみ確認でしました。木々が葉を落とした真冬ならもっと見えるのでしょうか。


鎌倉市大町・逗子市名越切通



石造 石廟
【鎌倉市指定有形文化財 建造物】
1973年4月11日 指定
数量:2基
所有者:個人

 ハイキングコースにもなっている国指定史跡名越切通の指定範囲内にあります。見所の多いコースなのでぜひとも訪れてほしいところです。
石廟①石廟②


名越切通
なごえきりどおし
【国指定史跡】
1966年4月11日 指定
1981年10月13日 追加指定
1983年11月26日 追加指定
2008年7月28日 追加指定
2009年7月23日 追加指定

 指定範囲の主だった資産は逗子市側にあります。



文化庁:国指定文化財等データベース●2019年
神奈川県文化財目録●2019年5月1日
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by akrk0911 | 2019-07-10 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)
横浜市保土ケ谷区の文化財
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文化財ファイル
横浜市保土ヶ谷区の文化財

 東海道の宿場町を擁し、金沢・鎌倉や八王子方面への道も通る保土ケ谷区。新旧たくさんの文化財を見ることができます。



横浜市保土ヶ谷区星川2丁目8-18 法性寺


紺紙金字 法華経
こんしきんじ ほけきょう
【横浜市指定有形文化財 典籍】
1996年11月5日 指定
数量:8巻



横浜市保土ケ谷区釜台町


和田村道橋改修碑
わだむらみちはしかいしゅうひ
【横浜市登録地域史跡】
1992年11月1日 登録
 シルクロードと呼ばれる八王子道は、帷子川沿いの山の斜面をうねっていく道でした。江戸時代から改修が加えられ、その新道改修碑が元文2(1737)年に建てられました。
 保土ケ谷中学校入口近く、釜台歩道橋の下にあり、横浜市地域文化財に登録されています。
[保土ヶ谷区:みどころ紹介]

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横浜市保土ケ谷区岩間町


旧帷子橋跡
きゅうかたびらばしあと
【横浜市登録地域史跡】
1998年11月9日登録

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横浜市保土ケ谷区帷子町


金沢横町道標四基
かなざわよこちょうどうひょうよんき
【横浜市登録地域有形民俗文化財】
1989年12月25日登録
数量:4基
 この地は、旧東海道の東側で、金沢・浦賀往還への出入口にあたり、通称「金沢横町」と呼ばれました。金沢・浦賀往還には、円海山、杉田、富岡などの信仰や観光の地が枝道にあるため、道標として四基が建立され、現在残っています。
[現地説明板]

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 金沢、弘明寺、円海山と何かと私にとっては縁のある地名が刻まれた道標たちです。以前は殺風景な保存状態でしたが、現在は素晴らしい展示となっています。



横浜市保土谷区月見台38-31 遍照寺


木造薬師如来坐像
もくぞうやくしにょらいざぞう
【横浜市指定有形文化財 彫刻】
1995年11月1日指定
数量:1躯

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横浜市保土ケ谷区権太坂


権太坂
ごんたざか
【横浜市登録地域史跡】
2003年11月4日登録

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 箱根駅伝でお馴染みの権太坂ですが、あちらは国道1号の切通を緩やかに上り下りする坂道です。こちら旧東海道の権太坂は、ゴム底の靴を履いた現代人にはなんてことない坂道ですが、かつてはもっと急峻だったようで、行旅死亡人も珍しくなかったとか。



横浜市保土ケ谷区境木本町2 境木地蔵尊


境木地蔵境内
さかいぎじぞうけいだい
【横浜市登録地域史跡】
1988年11月1日登録


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 境内に武相国境の大木が聳える境木地蔵尊。往時の賑わいは国道1号に移りましたが、今でも交通量は少なくもなく、街道の国境の雰囲気が感じられる場所です。



横浜市保土ケ谷区岩井町


北向地蔵
きたむきじぞう
【横浜市登録地域有形民俗文化財】
1989年12月25日登録

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 金沢道に立つ道標を兼ねた地蔵です。写真ではわかりづらいですが、台座の高い見上げるような地蔵です。
 古道は現代的な町並みに景色を変えましたが、ここだけは時間が止まったようです。



横浜市保土ケ谷区岩井町


御所台の井戸
ごしょだいのいど
【横浜市登録地域史跡】
1991年11月1日登録

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 北向地蔵と同じ金沢道にある史跡です。北向地蔵がちょうど峠に位置し、こちらは保土ケ谷よりに少し下ったところにあります。
 北条政子が化粧に使った水を汲んだ井戸とのことです。のちの徳川の将軍のお茶にも使われたとかで、由緒ある井戸です。



横浜市保土ケ谷区岩井町


東隧道
あずまずいどう
【横浜市認定歴史的建造物】
2000年度認定
1箇所

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 保土ヶ谷駅付近から南太田へとつづく道にあるクラシカルなトンネルです。近接する横浜市南区の大原隧道と同じデザインの水道トンネルです。大原隧道の歩行者にピッタリなサイズに対し、こちらは路線バスも通るサイズです。



横浜市保土ケ谷区川島町522 横浜市西谷浄水場


横浜市西谷浄水場配水池浄水井上屋
よこはまにしやじょうすいじょうはいすいちじょうすいせいうわや
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 濾過池の東に配水池が配され、浄水井上屋と配水井上屋が設けられている。4基の整水室上屋の東西軸線の東方に建つ八角形の煉瓦造の上屋。平面が八角で規模も一回り大きいが、構造及び意匠は整水井上屋と共通し、一帯ののびやかな景観は広く親しまれている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]

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横浜市西谷浄水場配水池配水井上屋
よこはまにしやじょうすいじょうはいすいちはいすいせいうわや
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 配水池を挟んで浄水井上屋と対照の位置に、これと同型同規模の配水井上屋が設けられている。建築面積は22平方メートルと小規模な煉瓦造の建築であるが、端整な意匠の上屋として西谷浄水場の記念的存在となっている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]

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横浜市西谷浄水場濾過池整水室上屋3号棟
よこはまにしやじょうすいじょうろかちせいすいしつうわやさんごうとう
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 横浜水道第2次拡張工事により、大正4年に西谷の地に完成した水道施設の遺構の一部で、公園風に整備された浄水場のほぼ中心部に位置する。一帯は幾何学的な庭園風の構成となって保存され、浄水場の象徴的存在となっている。設計は横浜市水道臨時事業部。
[文化庁:国指定文化財等データベース]


横浜市西谷浄水場濾過池整水室上屋4号棟
よこはまにしやじょうすいじょうろかちせいすいしつうわやよんごうとう
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 整水室は濾過池の水を浄水管で配水池に送る施設で、濾過地に対応して1基づつ造られている。上屋は4基とも昭和48年の近代化工事で機能を失ったが、優れた場内環境を保つ上で欠かせない存在である。
[文化庁:国指定文化財等データベース]


横浜市西谷浄水場濾過池整水室上屋7号棟
よこはまにしやじょうすいじょうろかちせいすいしつうわやななごうとう
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 整水室上屋は、4基とも内法10フィート角の正方形平面を保つ。花崗岩切石の土台に連歌枚積みで外壁を造り、南北の向かい合わせ面に扉を開く。銅板葺の特異な宝形屋根をかけた小さいながらも建築として完結した煉瓦造の上屋として親しまれている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]


横浜市西谷浄水場濾過池整水室上屋8号棟
よこはまにしやじょうすいじょうろかちせいすいしつうわやはちごうとう
【国登録有形文化財 建造物】
1997年6月12日 登録
数量:1棟
 整水室上屋は、4基とも小規模な煉瓦造の建物で、基礎及び軒廻りを石造とし、外壁にも3筋の花崗岩の帯を入れアクセントとする。各壁面にはアーチを設けて扉口や小窓を開く。煉瓦の赤、花崗岩の白、銅板の緑が整然と配置された建物群を魅力あるものにしている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]

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右から4号棟、8号棟、3号棟、7号棟



横浜市保土ヶ谷区川島町579


川島町旧配水計量室上屋
かわしまちょうきゅうはいすいけいりょうしつうわや
【国登録有形文化財 建造物】
1998年9月2日 登録
数量:1棟
 横浜市水道第二次拡張の施設。同時期建設の西谷浄水場の下方に位置する。浄水場内の上屋と同様の造りであるが、場外に所在するだけに、外装には横黒・鼻黒煉瓦を用い、開口部のグリルなども装飾的にするなど格別の仕様がとられている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]

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横浜市保土ケ谷区


刀 無銘 伝元重
かたな むめい でんもとしげ
【県指定重要文化財 工芸品】
1959年3月6日指定
所有者:個人



2019年5月20日現在








by akrk0911 | 2019-07-06 07:00 | 文化財ファイル | Comments(6)
横浜市西区の文化財
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文化財ファイル
横浜市西区の文化財

 横浜市西区は横浜でも指折りの繁華なまち。そんなまちにも歴史的な遺産はあるのです。



横浜市西区みなとみらい2丁目2-2 ドックヤードガーデン


旧横浜船渠株式会社第二号船渠(ドック)
【国指定重要文化財 建造物】
1997年12月3日 指定
【横浜市認定歴史的建造物】
1989年度 認定
 現存する商船用石造ドックとして最古のもので、近代土木技術史上の成果として重要。現在は「ドックヤードガーデン」として活用。
[神奈川県文化財目録]

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 ランドマークタワーの足下に、遺跡のように人目を引くドック。開港後、大型化する船の修繕用に造られたドックです。高所恐怖症には覗きこむのに少し勇気がいる遺産です。



横浜市西区みなとみらい2丁目7-10・1-1 日本丸メモリアルパーク


旧横浜船渠株式会社第一号船渠(ドック)
【国指定重要文化財 建造物】
2000年12月4日 指定
 旧横浜船渠株式会社第一号船渠は、海軍技師の恒川柳作が設計し、明治29年7月に起工、明治31年12月に竣工した。その後、大正期に船渠の内陸方向に延長された。現在は、係留されている日本丸の検査、修理に使用されている。
[文化庁:国指定文化財等データベース]

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 ランドマークタワーの足下でド派手に目立っている2号ドックに比べて、この1号ドックは、「ドック? どこにあるの?」って感じでしょうか。帆船日本丸が係留されている場所こそが第1ドック、旧横浜船渠株式会社第一号船渠なのです。


日本丸  昭和五年、株式会社川崎造船製
【国指定重要文化財 歴史資料】
2016年8月17日 指定
附)文書記録類181点、図面類351点
 長い期間にわたり船員養成の任を担い、我が国の海運業の発展に貢献した。現存する希少な戦前期建造の船であり、建造当時の構造、艤装(ぎそう)をよく伝え、わが国の海運史、造船技術史等研究上において貴重である。
[神奈川県文化財目録]

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 優美な帆船です。これが大海を渡っているシーンを思い浮かべるだけでため息が出ます。船尾に、しっかりと書き込まれた「横浜」の文字がなんとも誇らしいのです。



横浜市西区みなとみらい3丁目4-1 横浜美術館


銀板写真(遠藤又左衛門と従者像)  エリファレット・ブラウン・ジュニア撮影一八五四年
【国指定重要文化財 歴史資料】
2006年6月9日 指定
附)添状1通
 幕末に来航したペリー配下の写真師が撮影した銀板写真。遠藤又左衛門は松前藩士で、箱館でペリーとの諸交渉にあたった。外国人が日本国内で日本人を撮影した現存最古の写真の一枚。
[神奈川県文化財目録]



横浜市西区紅葉ケ丘57 掃部山公園


井伊直弼像台座及び水泉
【横浜市認定歴史的建造物】
2011年度 認定

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[写真上]井伊掃部頭像を頂く台座 [写真下]子爵井伊直安より寄付された水泉


井伊掃部頭ゆかりの地
【横浜市登録地域史跡】
1993年11月1日 登録
 明治四二年七月、横浜開港五〇年記念に際して、旧彦根藩有志が藩主の開港功績の顕彰のため、大老井伊掃部頭直弼(たいろういいかもんのかみなおすけ)の銅像を戸部の丘に建立し、その地を掃部山と名付けて記念しました。銅像の左側にある水飲み施設はその時に子爵井伊直安より寄付されたものです。
[現地説明板]

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 町歩きを始めるまで、井伊直弼が横浜に関わっているなんてまったく知らないのでした。



横浜市西区紅葉ケ丘27-2 横浜能楽堂


旧染井能舞台
【横浜市指定有形文化財 一般建造物】
1996年5月20日 指定

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 元は東京の根岸にあった加賀の藩邸に明治時代に建てられ、大正時代に東京の染井に移築されたものです。1965年に解体されたのち、1996年に横浜で復原されたのだそうです。
 公演のないときは2階席から無料で見学ができます。凛とした空気に包まれていました。



横浜市西区紅葉ケ丘9-1 県立青少年センター


神奈川奉行所跡(戸部役所)
【横浜市登録地域史跡】
1994年11月1日 登録
 県立図書館・音楽堂・青少年センタ-・文化資料館などのある県文化センター一帯は、横浜開港にそなえて置かれた奉行所の跡。横浜開港直後の安政6年(1859)6月4日に開設され、前年7月以来開港準備を担当してきた水野筑後守ら5人の外国奉行全員が当初の神奈川奉行を兼任し、輪番で横浜黎明(れいめい)期の行政事務を処理していた。奉行所は、戸部役所と横浜運上所にあったが、前者は貢租徴収、検察裁判などの内政事務を、後者は外交事務を行った。
[横浜市西区:西区民マップ]

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横浜市西区老松町29


旧平沼専蔵別邸亀甲積擁壁及び煉瓦塀
【横浜市認定歴史的建造物】
2006年度 認定

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 日ノ出町駅から野毛山動物園へ向かう際、野毛坂上交差点を左折するのですが、その交差点の向こうに見える擁壁がこの擁壁です。擁壁の一部は野毛の切通しで、切通しには似たような擁壁もあるのですが、この擁壁はひと味違う美しさがあるのです。

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横浜市西区老松町 横浜市野毛山公園


近代水道発祥の地(日本最初の貯水場跡)
【横浜市登録地域史跡】
1997年11月4日 登録

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 1887年、パーマーによって横浜に近代水道が誕生しました。以来、横浜の発展に重要な役割を果たしてきたのです。



横浜市西区御所山


伝御所五郎丸墓
【横浜市登録地域史跡】
1988年11月1日 登録

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 御所五郎丸。曾我兄弟の仇討ちの際、仇、工藤祐経の夜襲に手を貸した人です。野毛山、掃部山周辺のこの一帯は御所山と呼ばれています。



横浜市西区霞ケ丘~南区三春台


霞橋
【横浜市認定歴史的建造物】
2004年度 認定
 初代の霞橋は大正2(1913)年に架けられましたが、関東大震災により損壊しました。現在の霞橋は、レンガ壁や門柱に初代の橋のものを再使用し、昭和3(1928)年に竣工した2代目です。城壁を思わせる重厚な構造(鉄筋コンクリートアーチ橋)は、地域のランドマークになっています
[現地説明板]

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 なんとも美しいアーチ橋です。文化財なんてまったく興味のなかったころからクルマで上を下を通っていました。上を通っているときは気づかずにいましたが、下を通るたびに感動していました。京急の黄金町駅から北へ、坂を上ると現れます。

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[写真上]現地説明板。右上の写真が初代の霞橋 [写真下]初代の霞橋建設当時のレンガ壁と門柱

 レンガ壁と門柱は橋と下の道を結ぶ階段の構造物です。



横浜市西区浅間町4丁目336 浅間車庫前公園


木村坦乎先生の碑
【横浜市登録地域有形文化財 歴史資料】
2015年11月13日 登録

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 木村坦乎は明治大正期の教育者。勤めていた学校を辞め、退職金で、当時この周辺に全国から集まった労働者の、就学できない子どもたちを救済するために授業料無料の学校を始めた人物です。関東大震災の際、倒壊した建物の下敷きになりこの地で亡くなったそうです。



横浜市西区高島2丁目1-1


二代目横浜駅基礎等遺構
【横浜市認定歴史的建造物】
2006年度 認定

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 初代の横浜駅は現在の桜木町駅。東海道本線の延伸に伴い、保土ヶ谷、戸塚方面へ直進できるよう設けられたのがこの二代目横浜駅。1915年から関東大震災の火災で焼失する1923年までの短命に終わった二代目です。現在の路線はさらに戸塚方面へ直進しています。
 当地ではさらに下層に、1907年頃建築の「横浜共同電燈会社裏高島発電所」の遺構も発見されており、合わせての認定です。



横浜市西区南軽井沢62-1 KANTOモータースクール


軽井沢古墳跡
【横浜市登録地域史跡】
2000年11月6日 登録
 この古墳は7世紀前半に造られたものであると考えられ、横浜市域では最末期の前方後円墳です。さらに、それまで不明であった南関東の7世紀の前方後円墳の実態を知る上で貴重な資料を提供しました。
[現地説明板]

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 横浜駅方面から三ツ沢公園へ向かう坂道の右側に階段があります。迷わず階段を上ると碑があります。



2019年7月1日現在








by akrk0911 | 2019-07-02 07:00 | 文化財ファイル | Comments(0)