歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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カテゴリ:県央の旅( 21 )
海老名市南部と周辺の旅 #6

2019.03.02.sat

 海老名市南部の旅は綾瀬市で遺跡を見学したあと、再び市境を越えます。





第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #6





①
 ここはまだ綾瀬市です。ここから先は県道22号、先日の杉田周辺ぶらり旅で歩いた道です。左は県道22号のバイパス(横浜方面)。右は県道22号の伊勢原方面です。


②
③
 用田橋際交差点を直進し(県道22号)再び市境を越えます。でも、海老名市に戻るのではなく今度は藤沢市です。
 目久尻川に架かるこの「用田橋」は海老名市、綾瀬市と藤沢市の境です。地図をよく見ると市境は橋の近くで途切れています。境界が未確定なのかな?
 橋の右は海老名市、左は海老名市。橋を渡れば藤沢市です。


④
 藤沢市に向けて歩き、振り返って「さようなら海老名市」と言っても、私が歩いているのは綾瀬市でした。


⑤
 用田橋から上流を望みます。写真の左(右岸)は綾瀬市、右(左岸)は藤沢市です。奥に見える橋は県道22号のバイパス、手前の構造物は目久尻川水管橋。


⑥
 橋を渡って藤沢市の用田橋バス停。今回のゴールはここに設定していました。でも、バスが来るまで20分以上あります。


⑦
⑧
 ただバスを待つのもなんなので少し歩きました。


⑨
 用田交差点は中原街道の県道45号との交差点。


⑩
 ここは「用田の辻」。中原街道と交差するここまで歩いてきた道はどうやら、戸塚から大山へ向かう「大山街道(柏尾通り大山道)」だったようです。斜向かいには不動明王像の道標があったようですが見逃しました。


⑪
 今度こそ終了。ここからは横浜市営地下鉄の湘南台駅行きのバスもあるのですが少々待ち時間があるので、用田橋から乗る予定だった小田急江ノ島線の長後駅行きのバスに乗りました。



* * *


 海老名市に始まり綾瀬市、藤沢市をちょこっと歩く旅でした。距離は短い旅でしたがバラエティに富んだ楽しい旅でした。
 このあと長後駅から湘南台駅まで一駅電車に乗るのもつまらないので、歩いてしまいました。


行程:→用田橋→用田の辻→用田辻バス停
歩行距離:11.80km 歩行時間:4時間32分
交通費:1,100円
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by akrk0911 | 2019-03-09 07:00 | 県央の旅 | Comments(3)
海老名市南部と周辺の旅 #5
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 市境を越え、というか市境の道を反対車線に渡って国指定史跡へ。旅は海老名市から綾瀬市へと舞台を移しました。


第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #5
2019年3月2日(土)


 ***


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▲神崎遺跡
 国指定史跡の神崎遺跡にやって来ました。ここは綾瀬市です。


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▲環濠集落
 神崎遺跡は弥生時代後期の環濠集落。周囲に濠を廻らせた集落です。濠は幅、深さ共に2mほどの規模。ムラ同士の戦乱などの緊張関係から掘られたと考えられているそうです。後世の城郭とまあまあ同じ理由ですよね。
 環濠の跡が園路になっています。


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▲住居跡
 神崎遺跡では18軒の住居跡が確認されているそうです。その内同時期に存在していたのは15軒ほどとのこと。全域を調査しているわけではないのでもっとあるのかもしれないそうです。


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▲住居跡の重複
 神崎遺跡のムラはそれほど長い期間存在していたわけではないそうです。どれくらいなのかはわかっていないようですが、住居跡が重複していることが確認されたことで、住居を建て替える必要が生まれるくらいは存在していたことがわかるようです。
 また、時代の異なる古墳時代後期の住居跡も確認されており、弥生時代に短期間存在した集落が廃絶した500年ほど後には、近世まで途絶えていたと思われていた人の生活が存在していたことがわかったようです。


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▲復元住居
 やっぱりありますよね、復元住居。ここは新しく指定された史跡。横浜の三殿台遺跡や大塚・歳勝土遺跡の復元住居よりきれいですね。


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▲新幹線がよく見えます
 遺跡公園からは新幹線がとてもよく見えます。そのJR東海の新幹線、ちょっと神崎遺跡の歴史に関連性が感じられたりして。


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▲神崎遺跡資料館
 新幹線との関連性(?)はこちら神崎遺跡資料館でお勉強。


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▲神崎遺跡の住人は新幹線でやって来た
 神崎遺跡の住人は東海地区から移住してきたのだそうです。新幹線に乗って(嘘八百系)。
 神崎遺跡から出土した95%の土器の形状は、東海地区(静岡西部・愛知東部)で造られた土器の形状そのものなのだそうです。それが、出土する土器の数%程度がそうであるくらいならば、人の移住ではなく物が運搬されてきただけと考えられるそうですが、ほとんどが東海系土器であること、使われている土が綾瀬の土であることから集落自体が移ってきたと考えられるのだそうです。
 当時の日本は建国に向けての混乱期。色々なところでグレートジャーニーが展開されていたのでしょう。


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▲環濠
 神崎遺跡は南北103m、東西65mの環濠の中に築かれた集落。その環濠集落がほぼ完全な形で残っていることと、200kmを超える距離を集団で移住した痕跡が評価され、国指定の史跡になったようです。


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▲大山、そして富士山
 東海地区からの移住者。移住先の決め手は富士山? 静岡西部や愛知東部より相模の方が富士山に近いですよね。


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▲土器の展示
 土器は色々なところで見てきました。私が知る限りの資料館等では展示物は完全にガラス(アクリル?)の向こうなのですが、ここでは一部、遮るものなく直(じか)に展示物を見ることができます。もしかしてこれはレプリカ?


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▲豊富な出土品の展示
 さらに、引き出しに収蔵されている遺物を、こんな風に自由に見ることもできます。
 神崎遺跡出土品は県指定重要文化財の考古資料ですが、どれが指定文化財なのかわかりませんでした。


 ***


 実に興味深い遺跡でした。由緒も遺構も、研究の方向性の明確さも展示方法も、どれも洗練された感のある国指定史跡でした。


行程:→神崎遺跡公園→神崎遺跡資料館→〈つづく〉

by akrk0911 | 2019-03-08 07:00 | 県央の旅 | Comments(3)
海老名市南部と周辺の旅 #4

2019.03.02.sat



 高速道路から低速道路に戻りいつも通りの徒歩々旅に。史跡としての魅力もある、因縁(?)のある天然記念物をふたつ見ます。


第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #4





①
 次の目的地へ効率よく行けそうなので急きょ「杉久保第一児童公園」を通ることにしました。


②
 杉久保第一児童公園の、この写真を撮った場所の右側には展望台のようなものがあるのですが、そこからは右端に写っている家しか見えないようです。かつては好展望台だったのでしょう。


③
 公園内には「有馬水道記念碑」がありました。写真をあとで見ようと現場では目を通さなかったのですが、写真では全然読み取れませんでした。
 ネットで検索したのですが、どういう碑なのかわかりませんでした。


④
 杉久保第一児童公園から一本道を下ると椿地蔵です。


⑤
 こちらにあるツバキは海老名市指定天然記念物の「椿地蔵のツバキ」です。


⑥
 悲しい逸話があります。
 300年ほど前のこと、名医の誉れ高い半井驢庵(なからいろあん)に診てもらおうと驢庵の屋敷へと向かう親子がいました。病気の娘はこの辺りで驢庵に診てもらうことなく亡くなったそうです。娘の供養にと建てられた地蔵堂と植えられた椿。その椿はつぼみをつけ、色づくのですが開花することなく落ちるのだそうです。
 娘の命が宿ったのだろうと言い伝えられているそうです。

 玉椿 咲かずに落ちる 地蔵堂 『海老名市郷土かるた』


⑦
 椿地蔵の前からしばらく田園地帯を南方向へ歩きました。


⑧
 畑の向こうに素晴らしい生け垣が見えました。これはカメラを向けないわけにはいきません。いやあスゴい。美しい。


⑨
⑩
 今度は少し交通量の多い道を東へ。こちらも素晴らしい生け垣が。いいですねえこんな道。
 そんな道はキヤノンの工場に突き当たり右折します。キヤノンの工場は守衛氏がこちらを見ていたので撮影できませんでした。


⑪
 右折するとすぐ県指定天然記念物の「有馬のハルニレ」があります。なんとこのハルニレ、半井驢庵が植えたものと言われているそうです。そしてここは驢庵の屋敷跡。
 椿地蔵の親子が目指していたのはここでしょうか。もうあと少しだったじゃないですか!

 なんじゃもんじゃ そびえる 驢庵屋敷跡 『海老名市郷土かるた』


⑫
 神奈川一周で見た海老名の大ケヤキも痛々しい姿でしたが、このハルニレもかなり痛々しいです。でも春には元気に葉が出てくるようです。
 樹齢は約300年。当時ハルニレは珍しく名前もわからず「なんじゃもんじゃ」の木と呼ばれたそうです。「なんじゃもんじゃ」は色々なところにありますね。


⑬
 こちらは県道406号。道の反対側は綾瀬市です。市境の道なのです。


⑭
 広すぎるのでここ全部がそうなのかも定かではありませんが、ここは畜産技術センターだそうです。時おり家畜のにおいがフワッと鼻孔をくすぐりました。


⑮
⑯
 県道43号に合流します。今度は車線を変えて左車線へ。そちらは綾瀬市です。



* * *


 椿地蔵はとてもいい感じでした。手厚く、見やすく、美しく。大事にされているのだなあと感じました。ハルニレは、生きてます! 椿地蔵のツバキと有馬のハルニレのストーリーがつながるとは。
 海老名市南部と周辺の旅。次は「周辺」を少し歩きます。


行程:→杉久保第一児童公園→椿地蔵→有馬のハルニレ→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-07 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
海老名市南部と周辺の旅 #3

2019.03.02.sat



 徒歩々のくせに生意気だ。でも、たまにはいいじゃんこんなところも。



第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #3





①
 徒歩々旅には縁遠い高速道路。大谷近隣公園の目の前は日本一の売り上げを誇る東名高速の海老名サービスエリアです。年中テレビに登場していますね。


②
 というわけでサービスエリアです。徒歩でも入れちゃうんです。久々の海老名サービスエリア。ちょうど昼どき、腹へった~。
 館内の撮影はちょっと無理ですね。人がスゴいですから。


③
 さすがは海老名サービスエリア、駐車場はクルマでびっしり。ちなみにこちらは上り線です。


④
 とても広い駐車場です。下り線への連絡橋があるとネットで見たのですが、閉鎖されているようでした。それを悪用して悪いことする人がいたらしいとかなんとか。


⑤
 のんびり歩いてきた私には、ガラスの自動ドア一枚向こうのサービスエリアはどうもノリが合いませんでした。少し居心地の悪さを感じました。
 やはりサービスエリアはクルマで高速をかっ飛ばして訪れるところですね。歩いて訪れてもなんとなくリズムが合わないのです。トイレはナイスでしたが。


⑥
 結局、缶コーヒーを飲んだだけで出てきました。ガラス戸一枚向こうとは別世界です。
 海老名サービスエリアの周辺はこんな感じです。一歩外に出るとそこに賑やかなサービスエリアがあるなんて、まったくわかりませんね。


⑦
 しばらく東名高速に沿って歩きました。


⑧
 東名高速をくぐって向こう側へ。


⑨
 東名高速の反対側も静かな町でした。海老名サービスエリアなんてなかったかのようです。


⑩
 次なる目的地の史跡を目指しているのですが、スゴい梅園がありました。残念なことに日が陰ってしまいました。海老名サービスエリアから出ると雲が空を覆うようになってきたのです。


⑪
 なんと、目指していた史跡はこの梅林でした。ここは「上宮寺跡」。近所の神社、「豊受大神(とようけのおおかみ)」に関連しているようで、この土地は現在では豊受大神のもののようです。


⑫
 上宮寺跡の近くにある「杉久保富谷児童公園」には横穴墓群があるということで楽しみにしてきたのですが、なんにも見当たりません。それらしい斜面はあるのですが……


⑬
 公園内には「杉久保遺跡・富谷横穴墓群」の立派な説明板がありました。それによるとどうも公園内からは何も見つかっていないような感じです。
 この公園を含む周辺地図があり、遺跡、横穴墓の位置が記されているのですが、公園には何も記されていません。


⑭
 一帯は縄文時代の大規模な集落跡だそうで、300軒もの竪穴式住居が確認されたそうです。しかし調査をしていないところもあり、600軒以上の住居があると推定されているそうです。集落は中心に広場を置き、それを囲むように家が建ち並ぶ環状集落だったそうです。
 富谷横穴墓群は6世紀後半のもの。6基が確認され、内部には線刻画も見られたそうです。



* * *


 もしかしたら海老名サービスエリアの上り線は初めてだったかも。上り線はスーパーの成城石井があることから近隣住民のために出入口ができたと何かで見ました。下りは?
 超メジャースポットとひっそりとした史跡のコントラストが面白かったです。このあとも史跡や天然記念物を巡ります。


行程:→EXPASA海老名上り→上宮寺跡→杉久保富谷児童公園(杉久保遺跡・富谷横穴墓群)→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-06 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
海老名市南部と周辺の旅 #2

2019.03.02.sat



 凶作のときに救助米を配るような素晴らしい今福家の次は、悪政に立ち向かった義民の話が登場します。
 花も満開です。



第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #2





①
 薬医門公園から東へと向かいます。隣接する大谷(おおや)水門交差点と中新田小学校東側交差点の道路に囲まれた、島状の一角に河津桜が咲いていました。今季初めて見る河津桜です。


②
 とても日差しが暖かく、春真っ盛りのような陽気です。


③
 道の反対側には「いこいの広場三日月地」という公園(?)がありました。道と用水路にはさまれた三日月状の広場です。
 「えびなの森の楽校」という看板も掲げられています。特定非営利活動法人だそうで、内閣府によるとこんな感じの法人です。

 この法人は、市民に対して海老名市の推進する「住みたい、住み続けたい、緑豊かなまちづくり」を実現するため、緑を育て環境を守る事業を行い、海老名市ならではの緑豊かで持続可能な環境を次の世代に残すためのまちづくりを推進することを目的とする。[内閣府]

 この日も多くの人が花壇などの手入れをしていました。


④
 大谷水門交差点から海老名市役所方面に数十m、右折して田んぼの中の道へ。


⑤
 田んぼの中から望む海老名市街。送電線鉄塔が市役所に被っています。


⑥
 こちらは田んぼの中の一本道の向こう側、県道407号にある「鈴木三太夫霊堂」です。正確には「田んぼの中の一本道が突き当たる道を右折して数メートルで合流した県道407号」ですが、どうでもいいですよね。


⑦
 「鈴木三太夫翁之碑」です。鈴木三太夫は現在の海老名市大谷の名主(庄屋)。新しく赴任したひどい領主による年貢の厳しさに凶作が重なり、死者も出た当地。名主の三太夫(当時は三左衛門)は幕府に直訴しようとするも密告され斬首刑に。二人の子も処刑。被害が及ばぬよう離縁していた妻も自害したそうです。なんて話だ。


⑧
 県道407号を南下し左の坂へ。ここで県道407号とお別れなのかと思ったら、左の坂が県道407号でした。


⑨
 この坂は「沖の坂」。


⑩
 かつて海老名の田んぼが入海(いりうみ)だったころ、沖まで見える坂だから沖の坂。えええ、海老名が海だった? 神奈川県のど真ん中ですぞ?


⑪
 坂を形成する段差は相模川の河岸段丘? ならば海はいつの話? 悶々。
 沖の坂の謎が頭を占めちゃいましたが、こんなきれいなお宅の生け垣とお庭に救われました。


⑫
 県道407号とは今度こそ別れ住宅街の公園へ。「大谷近隣公園」です。


⑬
 梅がとてもきれいでした。梅林や梅園があるわけではないのですがとにかく素晴らしいのでした。


⑭
 白、紅、ピンクの梅がずらりと並んでいました。ここのいいところは梅の背景に色の濃い常緑樹があること。それによって梅がくっきりと浮かびあがっています。淡い色もいい感じです。狙ったのかなあ。
 この時期、私は河津桜より梅に心引かれるなあ。


⑮
 大谷近隣公園の目の前には「EXPASA海老名」。東名高速の海老名サービスエリアです。



* * *


 鈴木三太夫と家族の死はなんとも悲しい話。誰だよ密告したのは。スネ夫だってそんなことしないぞ! 沖の坂は置いといて次は徒歩々旅らしからぬところへ。


行程:→えびなの森の楽校→大谷水門→鈴木三太夫霊堂→沖の坂→大谷近隣公園→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-05 07:00 | 県央の旅 | Comments(2)
海老名市南部と周辺の旅 #1

2019.03.02.sat


 海老名駅はよく利用します。横浜市から県央地区へ行くにはこのターミナルは外せないのです。
 でも海老名の旅は神奈川一周の5日目と6日目に歩いただけ。今回は神奈川一周では歩けなかった南部を巡り、少し隣接するほかの市を少し歩きます。



第197回・神奈川徒歩々旅
海老名市南部と周辺の旅 #1





①
 直近で海老名駅を利用したのは厚木市の依知地区を旅した昨年(2018年)の夏、小田急線への乗り換え、相模線からの乗り換えで利用したのでした。その前は同じく昨年の夏、綾瀬市の旅の起点が海老名駅でした。今回はようやく海老名の旅です。


②
 海老名市南部へ向け市役所方面へ。


③
 海老名市役所が見えてきました。この道は暗渠です。相模川左岸用水路が下を流れています。


④
 こみちに緋桜がありました。なんという種類の桜なのかわかりません。恐らくまだつぼみの状態だと思うのですが。


⑤
 神奈川一周のときは工事中だった海老名市役所です。土曜日ですが開いていたので観光用パンフや公報をいただきました。パンフをその場で見ればよかった…… と帰宅後後悔することに。それについてはまたいずれ。


⑥
 海老名市役所近くから雄大な大山が眺められました。やはり雨降山。いつも雲が頭上にありますね。
 最初の目的地へは市役所前を通り、コメダ珈琲店の角を右折し、用水路を渡った先を左折します。


⑦
 今福薬医門公園に到着しました。甲斐武田家の家臣の今福氏の子孫の住宅跡です。1853年築の薬医門(表門)と建築年代はわからない板塀が出迎えてくれます。
 薬医門とは、パンフレットによると「主柱と控柱に支えられた屋根の棟を主柱からずらす建築様式」だそうです。名前の由来は医師の居宅に多い形式であるとか、矢を受け止める「矢食い門」の転化であるとか言われているそうです。


⑧
⑨
 こちらは1847年築の文庫蔵。外壁がトタンなので見た目は少々残念な感じです。


⑩
 こちらは大正期の建築。古い写真を見ると門の脇には竹垣が見えます。後ろの白いフェンスは用水路のもの。古い写真にも用水路が写っています。
 冠木(かぶき)の上の飾りは今福の「今」をデザインしたものだそうです。
 今福家住宅表門及び塀・文庫蔵・裏門は昨年(2018年)11月に国の有形文化財に登録されたばかりです。


⑪
 主屋跡です。今福家は江戸時代には名主を務めた旧家で、手広く商売もしていたようです。11代当主は1838年の大凶作の際、村人に救助米を配るような人だったそうです。


⑫
 歴代当主が植えた植物がたくさんあるそうなのですが、あまりにも疎すぎる私。


⑬
 「藪椿」と書かれた札を見て「ああ、ヤブツバキなのかあ」といった具合。


⑭
 今福薬医門公園を後にして少し歩くと、裏門からも見えた用水路脇に、海老名市自然緑地保存樹木の立派なシイノキがあり、所有者として「今福」さんの名前が書かれていました。


⑮
 海老名ってこんなに田園風景だったのですね。広々として気持ちよかったです。



* * *


 きらびやかな駅前とは違う海老名市の魅力に早くも引き込まれています。あまり知られていない史跡をさらに巡ります。そして……


行程:海老名駅→水と花と緑のこみち→海老名市役所→今福薬医門公園→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-03-04 07:00 | 県央の旅 | Comments(2)
厚木市依知地区の旅 ~6~
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 厚木市依知地区の旅も終盤。素晴らしい文化財を拝みフィナーレとなります。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~6~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲妙伝寺の二天門
 上依知の名刹、妙伝寺へ。まずは厚木市指定有形文化財(建造物)の「妙伝寺の二天門」が出迎えてくれます。18世紀中頃の建築です。


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▲木造毘沙門天(多聞天)立像
 二天門には二体の脇侍が安置されています。正面から左に「妙伝寺の木造毘沙門天(多聞天)立像」。


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▲持国天立像
 右には「妙伝寺の持国天立像」。いずれも厚木市指定有形文化財(彫刻)です。迫力があります。1697年に釈迦如来の脇侍として造られたそうです。


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▲釈迦如来立像
 脇侍が睨みをきかす二天門の先には大きな大きな「妙伝寺の木造釈迦如来立像」が静かに佇んでいます。1697年に造られた釈迦如来立像。これは感動しました。美しいお顔でした。素晴らしい。
 こちらも厚木市指定有形文化財(彫刻)です。


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▲釈迦堂
 釈迦如来立像はこちらに安置されています。「妙伝寺の釈迦堂」は厚木市指定有形文化財(建造物)。渋めの柱に白壁がとても美しいお堂です。1746年頃の建築です。


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▲本堂
 妙伝寺の山号は「星梅山」。この旅の冒頭に訪れた妙純寺の山号は「明星山」。で、ここ妙伝寺の開基は本間重連。だから「星」なのか! と早とちりしそうです。
 調べてみましたが難しいので「日蓮宗」と「星」の関係がわかる文章を日蓮宗の、あるお寺のHPより引用します(引用元も他からの引用ですが)。

 日蓮宗では、大聖人が龍口法難の際、「月のような光物(月天子)によって難を免れ、翌日に「明星のような大星が下って、梅の木にかかった」ということから、法華経の行者に、月や星の守護が得られると信仰しています。さらに法華経の「諸天は昼夜に衛護す(取意)」等の経文から、星(九星・曜)に願いをかければ、必ず守護があるとしています。(日蓮宗新聞記事より)

 フムフム。当地と星とは無関係でしたか。でも本間重連つながりではあったのですね。


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▲田畑越しの妙伝寺
 ふたつも建造物の文化財があるってスゴいことなんです。京都や奈良なら当たり前なのでしょうが。


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▲上依知の渡し
 妙伝寺近くのここは渡場(わたっぱ)といい、相模川を渡る渡し船「上依知の渡し」があったそうです。
 700年ほど前の話。水難事故が多く人々の安全を願い一遍上人が水難防除の念仏を唱えたそうです。
 この六字名号塔は室町時代末に建てられたそうです。道ばたに無造作に室町時代の名号塔があるなんて……。
 日蓮宗のお寺のそばに「南無阿弥陀仏」。日蓮聖人に一遍上人、信玄と、ビッグネームがたくさん登場する旅でした。


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▲依知神社
 さて、ラストは「依知」の名を冠した神社です。


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▲依知神社社殿
 もっと大きな境内を思い描いていましたが、どうやら境内は国道129号に分断されてしまったようです。


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▲鳥居前から見たイチョウ
 依知神社には厚木市指定天然記念物の「イチョウ(2本)」があるのですが、鳥居前から見ると国道の向こう側。あれまあという感じです。


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▲天然記念物のイチョウ
 近づいてみると立派な幹に圧倒されます。


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▲昭和橋
 依知神社の前は相模川。この昭和橋の建設にともない境内が分断されたそうです。



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▲相模川
 相模川を渡ります。小鮎川も中津川もそうでしたが水が濁っています。台風の影響で雨が降りましたからね。


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▲奥多摩?
 旅の最後は山々を眺めながらゆっくりと橋を渡りました。上依知の渡しとどちらが速いでしょう。


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▲相模原市との市境
 昭和橋は厚木市と相模原市の市境。これにて厚木市依知の旅はおしまいです。


 ***


 いつも歩いてばかりなので元々日焼けをしているのですが、それでもさらに焼けてヒリヒリします。
 大変な歩き旅でしたがそれ以上に収穫のある旅でした。厚木市は魅力的な名所がまだまだあるようなのでまた出かけてみたいと思います。


◇行程 →妙伝寺→上依知の渡し→依知神社→昭和橋→下溝駅
◇19.51km ◇6時間11分
◇旅費 2,130円(交通費・1,325円、飲食代・805円)


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by akrk0911 | 2018-08-31 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
厚木市依知地区の旅 ~5~
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 「暑い」と何度口にしたでしょうか。こんなに暑い日に照り返しのきつい舗装道路を好き好んで歩ってるバカが悪いのですが。
 旅はいよいよ上依知地区へと入っていきます。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~5~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲下川入諏訪神社
 明らかにアホみたいに日焼けをしながら向かったのはこちらの下川入諏訪神社。
 今回、依知地区を歩いているのですが、下川入(しもかわいり)は旧依知村ではなく旧睦合村でした。でも、現在の厚木市の区割りでは下川入は依知北地区に属しています。


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▲本殿
 「下川入諏訪神社本殿」は厚木市指定有形文化財(建造物)ですが覆屋の中なので見ることができません。


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▲拝殿
 でも拝殿も立派なので満足です。なんという様式なのかわかりませんが、土間の様な空間はあまり見ないような気がします。


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▲西日を背に
 今度は西日を背に受けて東へ大移動します。首筋がヒリヒリします。


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▲依知北地区市民センター・依知北公民館
 恐らく左が依知北地区市民センターで右が厚木市立依知北公民館だと思います。適当な推測。


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▲上依知歩道橋
 さてさて、複雑怪奇な交差点にやって来ました。


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▲名無しの交差点
 県道と国道が交差し市道も絡んでくる。国道にいたっては立体交差したりもしている。三角州のような緑地帯もあったり。これで名無しの交差点とは。


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▲こんな感じ
 うまく説明できないので地図参照。歩道橋は美容室側の信号機マーク辺りから、L字に折れて河原実業前まで。


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▲県道508号
 私は来た道から直進して県道508号を往きます。するとまた気になる歩道橋が。


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▲上依知小学校前歩道橋
 上依知小学校の校門の目の前にある歩道橋に上ってみるとこんな景色。


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▲峯ヶ谷戸遺跡
 そしてこの上依知小学校の敷地では遺跡が発掘調査されています。「峯ヶ谷戸遺跡」、平安時代の遺跡のようです。
 突然現れる下調べなしの遺跡にも驚かなくなりました。


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▲上依知の水田
 歩道橋から見えていた田んぼでしょうか。
 わが家では農家の親戚から玄米を購入し精米して食べているのですが、精米しているときと同じ香りが漂っていました。これが稲の香りかと感動しました。


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▲稲穂と白壁
 そして田んぼに囲まれた名刹へ。


 ***


 依知北地区を西へ東への大移動。不思議な交差点や水田に癒されました。
 このあと、文化財だらけの名刹や依知の総鎮守を巡り旅は大詰めです。


◇行程 →下川入諏訪神社→依知北地区市民センター・依知北公民館→上依知歩道橋→上依知小学校前歩道橋→峯ヶ谷戸遺跡→上依知の水田→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-30 07:00 | 県央の旅 | Comments(0)
厚木市依知地区の旅 ~4~
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 趣のある道の連続です。大都会の本厚木駅周辺からは考えられない厚木の町並みなのです。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~4~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲天然記念物級?
 日枝神社から元の道に戻り歩いていると大きな木がありました。これは天然記念物でもおかしくないような気がします。
 ところでこの木なんの木?


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▲昭和音楽大学
 この木は昭和音楽大学の敷地にありました。それにしても派手な大学ですなあ。


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▲厚木市関口から山際へ
 この辺りの住居表示は関口。懐かしいヤマザキパンの看板のある辺りは山際です。
 いい感じの道です。古くからある道なのでしょう。


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▲依知村役場跡
 「依知村役場跡」です。山際村、中依知村、上依知村、下依知村、金田村、関口村、猿ヶ島村が合併し依知村となったのは1889年。以来1955年に厚木市に編入されるまでここが依知の中心だったのですね。
 となればこの道は村のメインストリートだったのでしょう。
 ちなみに、緑色の網のフェンスが、手前は関口、向こう山際の境です。


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▲大山道道標
 そんなメインであったであろうストリートに歴史を感じる道標がありました。「右大山道」とあります。


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▲大山道と厚木道の追分?
 反対面には「左厚木道」と標示されています。私はその厚木道を歩いてきたようです(左奥の赤いポストの辺りが依知村役場跡)。
 このまま直進するのですが、ここからは大山道を歩くことになるのでしょう。やはり歴史的な道でしたか。


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▲立派な長屋門
 すると今度は長屋門が現れました。次から次へと知らない「名所」が目の前に現れます。


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▲スゴい道でした
 依知村役場跡が目当てでこの道を選択したのですが、スゴいところでした。こんなに普通の道なのに。


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▲山際漢学研究所跡
 こちらも同じ道にある史跡、「山際漢学研究所跡」です。
 1891年に依知村の村長も努めた中丸重郎兵衛が開設した漢学を学ぶ塾の跡地だそうです。


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▲山際交差点
 大山道(推測)と別れ、国道129号を山際交差点で交差し一路西へ。


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▲大山を望む
 山際交差点にあるセブンイレブンの駐車場から大山がよく見えました。


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▲丹沢主脈
 丹沢主脈は雲の中。この日はずっとこの調子。縦走中の皆さま、お気の毒です。


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▲大山と丹沢を眺めながらの旅
 しばらくは大山と丹沢を眺めながら歩きました。


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▲日影がない
 しかしこれが太陽を正面に見る道のりでして、暑いことこの上ないのでした。
 この道はいつか来た道。ああそうだよ、海老名駅から愛川町へ行くときにバスで通った道だ。多分ね。


 ***


 次から次へと現れる史跡に興奮しました。SDカードの残り容量が乏しい状態なので少し呆れもしましたが。
 依知の旅はまだ続いちゃいます。


◇行程 →昭和音楽大学→依知村役場跡→大山道道標→長屋門→山際漢学研究所跡→山際交差点→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-29 07:00 | 県央の旅 | Comments(2)
厚木市依知地区の旅 ~3~
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 下依知から中依知へと旅は依知地区を北上していきます。そしてスゴい道との遭遇です。


〈第167回〉神奈川徒歩々旅
◇厚木市依知地区の旅 ~3~
◇2018年8月25日(土)


 ***


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▲圏央道
 しばらく圏央道に沿って歩きました。


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▲浅間神社
 圏央道から離れうんだらかんだら歩いて浅間神社にやって来ました。この辺りは「中依知」です。


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▲浅間神社の銅鐘
 こちら「浅間神社の銅鐘」は県指定重要文化財(工芸品)。
 元は鎌倉の大楽寺あったもの。南北朝時代の1350年に飯山の鋳物師により製作されたそうです。その後あ1495年にここに納められたそうです。


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▲依知中学校
 浅間神社から国道129号へ向かう途中に依知の名を冠した中学校があったので思わずパチリ。


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▲スーパーえち
 国道129号に面したこちらのスーパー。大々的に依知を前面に打ち出しています。おっとこれは神奈川徒歩々旅の重要コンテンツ。


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▲圏央厚木インター入口
 再び国道129号を北上。スーパーえちからすぐの圏央厚木インター入口の歩道橋から見た国道129号の相模原方面。


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▲圏央厚木インター
 同じところから見た圏央厚木インター。


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▲信玄道の碑
 歩道橋を反対側に降りてすぐに裏道へ。すると「信玄道」の碑がありました。
 小田原城を攻撃した武田信玄はこの道を通って甲斐国に帰ったそうです。なんだかスゴい道を歩くことになりました。


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▲中依知66号墳
 この信玄道には古墳があります。こちらは「中依知66号墳」。このそばに67号墳もあるのですが知らずに通過してしまいました。
 とにかくたくさんあるのです。


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▲信玄道
 恐るべし信玄道なのです。何気に趣のある道です。


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▲上原3号古墳
 信玄道を北上してこちらは「上原3号古墳」。私が事前に知っていたのは中依知66号墳とここだけ。たくさん見過ごしてアホみたいに歩いていたんでしょうね。


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▲国道129号
 信玄道と別れて国道129号を横断してそのまま裏道へ。


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▲国道129号の東を並走する道
 これまた趣のある道です。こちらを北上します。


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▲日枝神社
 なんの気なしに歩いていると思わず引き込まれる光景に出くわしこちらの神社へ。

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▲日枝神社からの眺望
 日枝神社はとんでもない見晴らしでした。美しきかな神奈川県。
 しばし木陰でこの眺めを楽しみました。


 ***


 信玄に古墳。もうお腹いっぱい状態に素晴らしい眺望も。歩き旅でしか気づけない出会いの連続でした。
 さて、北上中の道もこれまたスゴい道でした。


◇行程 →浅間神社→信玄道→中依知66号墳→上原3号古墳→日枝神社→〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-08-28 07:00 | 県央の旅 | Comments(2)