歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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カテゴリ:街道歩きの旅( 36 )
東海道中膝車輌[第5日] 大磯宿~小田原宿 #1

2019.01.18.fri



 大磯宿を後にして次は小田原宿。遠いのです。体力の衰えを感じました。まだこの辺りではこのあとの大変さを知らずにヘラヘラしていましたが。


第189回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第5日]
大磯宿~小田原宿 #1





①
 東海道の松並木と言えばここが有名ですね。学校でも習った記憶があります。


②
 東海道松並木歩道橋からの松並木です。やはり圧倒的な貫禄です。


②
 振り返れば相模湾に浮かぶ江の島や房総半島の山並みが見えました。


③
 このクロマツ、国道1号に植えられているものの中では最も太いそうです。スゴいなあと近づいたらそんなことが書かれていました。樹齢は300年ほどだそうです。


④
 まっすぐの東海道。神山と駒ヶ岳に向かって歩きます。


⑤
 こちらは「西國三十三所順禮講供養塔」。西国三十三所とは関西にある三十三ヶ所の観音巡礼の霊場のこと。西国への順礼の旅では命を落とす人も少なくなかったのでしょう。順礼の人々を供養したものだそうです。
 また、当地にあった真楽寺観音の道標も兼ねています。「真(新)楽寺」は源頼朝の祈願所。そのことも記されているようです。真楽寺はその後、新田義貞の鎌倉攻めの際に焼き払われたとのこと。新田義貞ですかあ。


⑥
 城山(じょうやま)公園前交差点からは国道1号を離れて右の旧東海道へ進みます。


⑦
 「県立大磯城山公園」です。


⑧
 この日は長丁場なので素通りするつもりだったのですが、園内の案内図を見たら展望台があることに気づいちゃいました。


⑨
 この辺りで展望台っていったらどうしたってアレとアレが見えるでしょうから、行かないという選択をするのはなかなか困難なこと。


⑩
 やはりアレが見えました。「県立大磯城山公園」は関東の富士見100景です。


⑪
 明神ヶ岳もよく見えます。


⑫
 富士山と箱根がズラリと並んでいます。


⑬
 そしてアレも見えます。うっすらと伊豆、天城山(多分)が見えます。その手前には真鶴半島。


⑭
 展望台からは見えませんでしたが、園内からは丹沢も見えました。左は塔ノ岳。右端に見えるピークは大山。
 城山公園はどうやらスゴいところのようです。史跡としての価値も高そうです。予習もなしに歩くのはもったいないので別の機会に再訪しましょう。



* * *


 城山公園に立ち寄ったことは後々ダメージとして効いてくるのでした。オッサン、ピンチだよ。


行程:→東海道松並木→西國三十三所順礼講供養塔→県立大磯城山公園→本郷橋→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-01-20 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)
東海道中膝車輌[第5日] 大磯宿 #2

2019.01.18.fri



 1ヶ月半ぶりの東海道。平日の朝、古を偲ぶ旅の再開です。


第189回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第5日]
大磯宿 #2





①
 前回はここ「尾上本陣跡」まででした。


②
 時刻は8時過ぎ。前回よりも長い距離を予定しているので早めの出立です。


③
 東海道を挟んで尾上本陣の向かいには石井本陣があるのですが……、特になんの案内もありません。ここだろうと撮影したのが「汐彩のお宿 大内館」。
 帰宅後に調べたところ、やはりここが「石井本陣跡」でした。現在も宿なんですね。公式ホームページには「脇本陣跡」と書かれています。


④
 一旦国道1号とは離れます。


⑤
 旧道との分岐には「南組問屋場跡」。幕府の書状の継立、参勤交代の際の人足や馬の差配などを行う施設。大磯宿には「北組問屋場跡」もありました。「南組もあるのかな?」と思っていましたがありました。


⑥
 南組問屋場跡と同じ場所は「新島襄終焉の地」でもあります。
 新島襄。NHKの大河ドラマ「八重の桜」で有名になった新島襄です。オダギリジョー演じる新島襄の臨終のシーンは心に残っています。


⑦
 すぐに国道1号に合流します。この日はほぼ国道1号を歩きますが、何度も旧道が登場するので分岐を見落とさないように注意が必要です。


⑧
 正面に富士山が見えました。江戸時代の旅人も仰ぎ見たことでしょう。


⑨
 こちらは「高札場跡」。公式な掲示板です。掲示される札は人々が見上げる高さにあったそうですが、それは幕府の権威を示すものだったとのこと。なんだか小さいなあ。


⑩
 高札場跡のすぐそばには「鴫立庵(しぎたつあん)」。

 心なき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮

 これは平安時代の歌人・西行法師の歌。現在は日本三大俳諧道場の一つだそうです。開館まで30分もあったので徘徊のオッサンは中に入れませんでした。


⑪
 鴫立庵の前には「湘南発祥の地碑」があります。


⑫
 ならばと湘南海岸へ。


⑬
 東海道の旅だから海は別の機会にと思っていたので、ちょっと様子見のつもりだったのですが。


⑭
⑮
 これでは様子見では済みませんでした。夢中でシャッターを切るのでした。
 箱根のほか天城山や大島も見えましたが、光の条件がよくありませんでした。


⑯
 東海道に戻りほどなく「上方見附跡」に。大磯宿はここまで。振り返って別れを告げ次を目指します。



* * *


 大磯町は史跡の宝庫。政界財界文人墨客、数多の著名人にゆかりのある地です。でも、今回は先を急ぐことにします。なにせ次の小田原宿ははるか彼方なので。


行程:大磯駅→◎大磯宿〔尾上本陣跡→石井本陣跡→南組問屋場跡→新島襄終焉の地→高札場跡→鴫立庵→湘南発祥の地→大磯宿上方見附跡〕→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-01-19 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)
東海道中膝車輌[第4日]大磯宿 #1

2018.12.01.sat




 この日はここ大磯宿までの予定。川崎宿から始めたこの旅、これまでで一番旧街道の宿場町の風情を残しています。




現代


【虎ヶ雨】 仇討ちを果たしたものの伐たれた曾我祐成(十郎)。悲しみ、涙にくれたのは大磯の遊女、虎御前。涙はやがて雨となり……
 当地では梅雨時のしとしと降る雨を「虎ヶ雨」と呼ぶそうです。梅雨時に訪問したいものです。
 それにしても広重の描いた松とそっくりの松がよくあったものです。帰宅後、撮影した写真のなかにこの松の写真を見つけたときは飛びあがりそうなほどでした。まあ、広重が目にした松ではないのでしょうが。



第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
大磯宿 #1





①
 「江戸見附」を越えると日本橋から8つめの宿、「大磯宿」です。


②
 これは事故らないのでしょうか。


③
④
 保土ヶ谷も宿場町感がありましたが、こちらもかなりのものです。


⑤
 またまた国道1号に合流します。


⑥
 12月なんですけどね。


⑦
 クルマでも数回しか通ったことのない道。


⑧
 「大磯宿北組問屋場跡」。北組とあります。平塚宿には東組と西組がありましたが、こちらには南組があるのでしょうか。


⑨
 大磯宿には3つの本陣があったようなのですが、こちらは一番江戸寄りの「大磯宿小島本陣跡」。雰囲気のある建物ですがもちろん江戸時代のものではありません。それでもなんだかうれしい景色です。


⑩
 何やら魅力的な小路が見えたので寄り道しました。東海道から垂直に海方面への道です。この段差は東海道からすぐ始まっています。かつては海岸線だった?


⑪
 東海道より1本海寄りの道です。なんか味のある看板建築です。ぐるりと屋根が覆われているので、もしかしたら看板建築ではないかもしれませんが。


⑫
 東海道に戻り来た道を振り返ります。高麗山がだいぶ遠ざかりました。


⑬
 「尾上本陣跡」かと思ったら「大磯小学校発祥之地」でした。と思ったら側面に尾上本陣跡と彫られていました。うっかり見過ごすところでした。
 さて、今回は尾上本陣に泊まることにしましょうかね。さてとtrivago。



* * *


 残念ながら尾上本陣は参勤交代の一行で満室でした。仕方なく大磯駅から電車で帰宅したのでした。
 突如再開した東海道中膝車輌。県内の宿場はあと二宿。神奈川一周もそうですが、アプローチが段々長くなります。破産しなければいいのですが。


行程:→◎大磯宿〔江戸見附跡→三沢橋→北組問屋場跡→小島本陣跡→尾上本陣跡〕→大磯駅
歩行距離:21.31km 歩行時間:6時間7分
交通費:1,174円
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by akrk0911 | 2018-12-12 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(2)
東海道中膝車輌[第4日]平塚宿~大磯宿

2018.12.01.sat



 カメラを落としてしまい少し調子が悪いのです。バッテリーのゼロ表示が出たのにそうでもなかったり……。このまま花水橋で終わろうかと思いましたが、平塚駅まではかなり戻らなくてはいけません。


第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
平塚宿~大磯宿





①
 先へ進みましょう。カメラは少し機嫌が悪いだけなのです、きっと。
 それにしても高麗山は素晴らしい山です。150mそこそこの山とは思えない迫力。信越線から望む浅間山や中央線から望む甲斐駒ヶ岳にひけをとらない迫力、とは言いすぎでしょうか。


②
 花水橋の近くに茅葺きの古民家がありました。高麗山を背景に素敵でした。


③
 こちらは「高来(たかく)神社」です。「高麗」「高来」といえば朝鮮との関係が思い浮かびます。高句麗が滅び大磯に高麗人が渡来したそうです。上陸に際し高麗山を目印にしたということを何かの本で読んだような。
 途中まで参道を歩いたのですが境内では何やら工事をしていました。参拝は可能だと思いましたが疲れていたのと日の傾きから引き返すことに。


④
 海からよく目立つランドマークでしょうね。


⑤
 化粧坂交差点で再び国道1号とはお別れ。旧東海道は右へ。


⑥
 すると待ってましたというような旧道の雰囲気。もう最高です。最後にこんな光景が待っているとは。第九の合唱が始まったような気分になったりして。


⑦
 こちらは「化粧(けわい)井戸」。鎌倉時代の大磯を代表する女性「虎御前」が毎日の化粧に使った井戸であることから化粧の名がついたと伝えられているそうです。虎御前に関しては後ほど。
 鎌倉時代はこの辺りが大磯の中心だったようです。


⑧
 「化粧坂の一里塚」です。こんな雰囲気のなかでの一里塚はうれしい限り。


⑨
 広重が描いた大磯宿はこの辺りのようです。
 この絵は背景にある歌舞伎の演目にもある「曾我之狂言」を知ると味わい深くなります。
 鎌倉時代の武士、曾我祐成(十郎)は弟の時致と共に父親の仇である工藤祐経を討ったものの、仁田忠常に討たれ命を落とします。大磯の遊女「虎御前」は涙にくれました。その悲恋物語が「曾我之狂言」とのことです。
 虎御前が流した涙は雨となり、梅雨時のしとしと降る雨を「虎ヶ雨」と呼ぶようになったとか。広重の浮世絵にも雨が描かれており、作品のタイトルも「大磯 虎ヶ雨」となっています。


⑩
 さらにその雨は大磯八景に「化粧坂の夜雨」として数えられています。

 雨の夜は
 静けかりけり化粧坂
 松の雫のおとはかりして


 夜とまでは言いませんが雨の日に訪れてみたいものです。


⑪
 東海道本線の架線が見えてきました。


⑫
 旧東海道は鉄路の東海道に遮られます。


⑬
 仕方なく東海道線の地下に造られた道、「竹縄架道橋」を行きます。この数字は東京駅からの距離でしょうか。


⑭
 東海道本線をくぐっても素晴らしい松並木が続きました。いい雰囲気の中なか「江戸見附」に到着、大磯宿に突入です。



* * *


 べらぼうにいい雰囲気でした。いい具合に日も陰りいい感じでした。あっけらかんと明るかったら少し残念だったろうと思います。
 大磯町は文化財の一覧や目録をホームページで公開していません。なので何があるのかわからないドキドキ感がありました。同時に大事な文化財を見逃しているかもしれないという焦燥感もありました。
 さて、今夜の投宿先(妄想)の大磯宿です。日が暮れる前に歩ききりましょう。


行程:→高来神社→化粧坂交差点→化粧井戸→化粧坂の一里塚→大磯八景碑→竹縄架道橋→江戸見附→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-11 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)
東海道中膝車輌[第4日]平塚宿

2019.12.01.sat




 日の短い季節。夕暮れ迫る平塚宿に到着しました。行く先に高麗山がそびえ立ちます。


●


【縄手道】 広重が描いたのは平塚宿の「京方見附」付近から見た花水川と高麗山。高麗山の右手には大山、高麗山と大山の間には真っ白な富士山が描かれています。現在は同じであろう場所からこの風景を見ることはできません。見附跡を越え、現代の市町境も越えた大磯町の花水川に架かる花水橋辺りからそれらしく見えます。ただし富士山は少し上流に移動しないと見えません。
 なんにせよ、当時の面影が色濃く残る平塚宿の景色です。


第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
平塚宿




①
 夕暮れと言ってもまだ14時23分なのですが。「江戸見附」からは日本橋から7つめの宿、「平塚宿」です。ここから1.5kmに200軒ほどの町並みだったそうです。


②
 歩道橋からは高麗山が大きく見えました。かつての旅人も高麗山を仰ぎ見たのでしょうね。


③
 旧東海道沿いに目を引く近代建築が。
 こちらは「崇善(そうぜん)公民館」。1950年に竣工した平塚の旧市会議事堂。1945年の空襲までは平塚小学校があった場所で、日清戦争講和を記念した種から育てられた、クスノキの大木が目の前に立っています。


④
 「平塚宿脇本陣跡」です。脇本陣は本陣のような役割もありますが、平時は一般の旅籠としての営業も可能だったそうです。


⑤
 高札場は広報の掲示板のようなもの。「平塚宿高札場」には、藤沢宿まで、大磯宿までの公定運賃を定めたものの高札も掲げられていたとありますが、「運賃」? どうやら馬や人足を利用する場合の料金のようです。タクシー料金のような決まりでしょうか。


⑥
 東西にあった平塚宿の問屋場。こちらは東にあった「平塚宿東組問屋場」の跡です。荷物の受け継ぎや御用旅宿の手配などの業務を行っていた場所です。


⑦
 幕府公用人や諸大名が宿泊した「平塚宿本陣旧跡」。今の世なら安倍昭恵さんクラスの人が宿泊するのでしょうか、公費で。


⑧
 馬入交差点から歩いてきた道とは交番があるふた又の交差点で分かれ、旧道風情の漂う道へ。


⑨
 ふた又に分かれる地点にある「平塚宿西問屋場跡」です。平塚宿が置かれた当初、問屋場はここだけだったとのこと。その後、参勤交代が始まった頃より交通量が増加し、諸業務の負担が増えたことから新たに東側に拡張する形で「八幡新宿」ができ、先ほどの東組問屋場が開設されたそうです。


⑩
 この日初めてとなる旧街道風情の漂う道。正面に高麗山が見えます。


⑪
 しばらく風情のある道を歩くと、馬入交差点で分かれ市街地を遠巻きに迂回してきた現東海道の国道1号に合流します。


⑫
 左は歩いてきた国道1号、右はふた又で分かれた先ほどまで歩いていた道。そしてここは「平塚宿京方見附之跡」です。平塚宿はここまでです。


⑬
 広重が描いた「平塚 縄手道」はこの辺りから見たものとのことですが、高麗山こそ見えるものの道路や建物に阻まれて雰囲気はつかめません。富士山はこんな感じです。


⑭
 京方見附からは高麗山の影に富士山の稜線がチラり。


⑮
 京方見附より少し進んだ「花水橋」。広重の浮世絵にも描かれている橋でしょう。ここからはご覧の通り大山と塔ノ岳の勇姿が拝めます。
 ここはもう平塚宿の外ですし既に大磯町に入っています。



* * *


 平塚は大きな町です。ただ宿が現在の中心部と若干ズレているのが意外でした。八幡新宿がより発展したということでしょうか。
 旅はさらにつづきます。


行程:→◎平塚宿〔江戸見附跡→崇善公民館→高札場→脇本陣跡→東組問屋場跡→本陣跡→西組問屋場跡→京方見附跡〕→花水橋→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-10 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(1)
東海道中膝車輌[第4日]藤沢宿~平塚宿 #4

2018.12.01.sat



 国指定の文化財やきれいな彫刻。大河を越え、さらには変わった名前の史跡を巡り旅は平塚宿へと向かいます。


第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
藤沢宿~平塚宿 #4





①
 鶴嶺八幡宮の大鳥居から少し歩くと小出川。小出川の脇に国指定の史跡があります。ここは合わせて国の天然記念物の指定も受けています。


②
 現在は小出川のすぐそばにあるこの橋脚は「旧相模川橋脚」。かつては相模川の一部がここを流れていたようです。現在の相模川からは2kmほど離れています。
 源頼朝の重臣、稲毛重成が妻の供養のために架けた橋の橋脚と考えられているそうで、その竣工式に列席した頼朝の乗った馬が暴れて川に転落。それが元で翌年頼朝は死に至ったと伝えられているそうです。


③
 この橋脚は2013年には国の天然記念物にも指定されました。1923年の関東地震(関東大震災)の液状化現象により出現した橋脚。液状化現象が対象となった天然記念物指定は初めてとのこと。


④
 かつては相模川の流路のひとつだったかもしれない小出川を渡り、新湘南バイパスの高架をくぐります。


⑤
 小出川を渡ってから日蓮宗のお寺を2軒巡りました。いずれも日蓮坐像が茅ヶ崎市の重要文化財に指定されています。
 まずは「上国寺」。


⑥
 「上国寺の木造日蓮坐像(永正11年:1514年)」。日蓮坐像としては最も早い時代の造立。


⑦
 上国寺のすぐそばにあるこちらは「信隆寺」。


⑧
 「信隆寺の木造日蓮坐像(永禄7年:1564年)」。墨書きから今宿にあった仏国寺より移されたものであることがわかるそうです。
 のちに補われたものだそうですが、上国寺の像も信隆寺の像も美しい色彩です。


⑨
 ほどなく相模川です。平塚市に入りました。神奈川県随一の大河です。現代の旅人は橋で楽々渡ることができます。
 丹沢がきれいに見えました。霞んではいましたが富士山や箱根の山々も見えました。当然私の目は明神ヶ岳へ。ビルの影にチラッとうっすら見えました。


⑩
 先ほどの旧相模川橋脚の項で書いた頼朝と馬の言い伝え。そのことから相模川のこの辺りは馬入川と呼ばれています。この橋は馬入橋。そして馬入川に関する史跡へ。


⑪
 テクノロードをてくてく。周囲の発展を願って名付けられたそうなのですが、よくわかりません。東海道を離れ、そんな道を少し歩きさらに細い道へ。


⑫
 「寸髷塚」です。不思議な名の史跡です。
 昔のこと、現在では県指定無形民俗文化財となっている「相模国府祭(さがみこうのまち)」の際、寒川神社(一宮)と平塚八幡宮(五宮)の神輿の担ぎ手の間でいさかいがあり、平塚(馬入村)の担ぎ手が寒川の神輿を奪い、馬入川の深瀬に神輿を投げ込んでしまうという事件が起こったそうです。
 一宮の神輿に乱暴を働くとは大変なこと。代官による厳しい取り調べののち、馬入村の若者16名は打首断罪の判決が下りました。
 処刑の日、代官は若者16名の首ではなく、寸髷だけを切り落とすという計らいをみせました。その寸髷を埋めた場所なのだそうです。


⑬
 東海道に戻ります。この先国道1号は右にカーブして市街を遠巻く感じで迂回していきます。白いクルマが馬入交差点を左折して行く方向が旧東海道。地図で見るとそちらの方がこれまでの道筋で直進という形になります。


⑭
 馬入交差点付近には「馬入の一里塚の碑」があります。茅ヶ崎から一里も歩いていたのですね。


⑮
 平塚駅前交差点です。左折すれば平塚駅へ。右折すると平塚市役所や寸髷塚の話でも出てきた五宮、平塚八幡宮へ。


⑯
 繁華な町を抜けようやく江戸見附に辿り着きました。ここからは平塚宿です。
 現在の平塚市街と平塚宿は位置が少しズレているのですね。市街地に関してはまた別の機会に。



* * *


 ようやく平塚宿です。昔の旅人なら戸塚宿を朝に発ち、昼時をここで迎えたのでしょうか。健脚すぎます。現代の旅人は相も変わらずのんびりと旅をつづけます。


行程:→旧相模川橋脚→上国寺→信隆寺→馬入橋→寸髷塚→馬入交差点→平塚の一里塚→江戸見附→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-09 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(4)
東海道中膝車輌[第4日]藤沢宿~平塚宿 #3

2018.12.01.sat



 少々体調を崩しながらの旧東海道の旅。てやんでえ、べらぼうめえと強がりながら進みます。江戸時代から変わらぬ光景も目にします。


第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
藤沢宿~平塚宿 #3





①
 こんなところに線路? と思いましたが相模線だとすぐに気づきました。改めて単線であることを確認。
 この線路を電車が上り下りするのですねえ。私のお腹も上り下りを繰り返しています……


②
 救いの紙、いや救いの神。「イオンスタイル湘南茅ヶ崎」のトイレに飛び込みました。
 ただで使わせてもらったので感謝の宣伝。トイレで使われているトップバリュのトイレットペーパーですが、シングルにもかかわらずとてもよい肌触りでした。
 救いの紙に感謝。


③
 イオンがある交差点には「茅ヶ崎一里塚」。茅ヶ崎市指定史跡です。


④
 四ツ谷の一里塚と比べるとかなり素晴らしい状態。ここまできれいな状態は貴重ですねえ。


⑤
 藤沢宿と平塚宿の間の宿(あいのしゅく)茅ヶ崎。この交差点を左へ行くと茅ヶ崎駅、右は茅ヶ崎市役所。茅ヶ崎市の中心部です。いずれもまた別の機会に。
 東海道は交差点の地下をくぐって進みます。


⑥
 2009年に腐朽のために伐採されてしまった樹高20mを誇ったクロマツの切り株。樹齢は200年ほどだったそうです。地元では親しまれていたのでしょうね。素晴らしいモニュメントです。


⑦
 東海道から少し離れて細い道を分け入ります。


⑧
 静かな町に溶け込んだ「神明宮」です。


⑨
 こちらは県指定有形民俗文化財の「神明宮の庚申塔」(左)です。1658年の銘があるそうです。


⑩
 東海道戻りました。この先ぐっと右にカーブします。


⑪
 すると鳥井戸橋から左手に、大きく裾野を広げた富士山が現れます。「南湖の左富士」です。


⑫
 京へ向かう東海道で左手に富士山が見えるのはここと静岡県の吉原。広重も描いたこの絶景は「関東の富士見100景」。
 天気と時刻を考えると見えないかと思いましたが見えてよかったです。


⑬
 鳥井戸橋を渡るとすぐに「鶴嶺八幡宮」の大鳥居が現れます。


⑭
 鳥居から長い参道が続きます。「鶴嶺八幡社の参道及び参道松並木」として茅ヶ崎市の史跡、天然記念物にダブル指定されています。
 参道はあまりにも長い。この日の私には鶴嶺八幡宮は遠すぎました。またいずれ。


⑮
 この参道に面した民家の敷地に「弁慶塚」があり、ありがたくも公開されているとのことなのですが、見当たりませんでした。探し方が悪かったかなあ。



* * *


 トイレに駆け込んでからは絶好調でした。南湖の左富士はうっすらでした。でも見えないよりは遥かにまし。鶴嶺八幡宮には天然記念物の「イチョウ」もあるのでまたいずれ、塩害のない秋にでも。


行程:→イオンスタイル湘南茅ヶ崎→茅ヶ崎一里塚→クロマツの切り株→神明宮→南湖の左富士→鶴嶺八幡宮の大鳥居→鶴嶺八幡社の参道及び参道松並木→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-08 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(2)
東海道中膝車輌[第4日]藤沢宿~平塚宿 #2

2018.12.01.sat



 市境を越えていきます。とはいっても東海道の旅ですから、国境ではないのでさらっと通過です。さらっとしすぎましたが。
 体調は少々下りぎみです。



第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
藤沢宿~平塚宿 #2





①
 いよいよ本格的に松並木が始まります。


②
 こちらは「二ッ家稲荷神社」。


③
 境内には「寛文10年庚申供養塔」があります。藤沢市指定有形民俗文化財です。旧東海道沿いです。江戸時代の旅人もここを通ったのですね。


④
 これが2018年の風景。


⑤
 ただ松が並んでいるだけなのですがね、美しいです。
 ここはもう茅ヶ崎市です。市境に気を取られ、市境付近にある「西國巡礼供養塔」を見逃しました。これまで第3日までの二度目の東海道歩きとは違いここは初めて歩く道。それほど目立たない史跡を見逃さないようにと余裕がなくなります。


⑥
 こんな写真も撮ってみたりして。赤い郵便車両がこの日は何度も私の前を走り去りました。


⑦
 ここは「明治天皇御休止所阯碑」。駐車場に碑が建つのみです。ここで休んだのですね。


⑧
 明治天皇御休止所阯碑からほどなく「上正寺」に到着。


⑨
 境内にはやはり松があります。


⑩
 こちらの「旧寛永寺石燈籠」は茅ヶ崎市指定重要文化財。かつては上野寛永寺に納めらていた燈籠。寛永寺といえば徳川将軍家の菩提所。燈籠にもしっかりと三葉葵が彫られていました。旧寛永寺石燈籠はここ以外に茅ヶ崎市役所、小和田公民館にもあります。合わせての文化財指定です。
 上正寺には茅ヶ崎市指定重要文化財の「上正寺の木造聖徳太子立像」もあります。聖徳太子自らが彫ったと伝えられているそうですが、室町時代の作と考えらるているそうです。


⑪
 時代は江戸まで遡るものではありませんが、古い建物は旧街道に似合います。


⑫
 一里塚? と思いましたがなんでもありませんでした。四ツ谷の一里塚から一里も歩いているはずありませんでした。


⑬
 東海道には宿と宿の間に旅人が足を休める「立場」という休憩所が設けられました。ここはその立場跡で、牡丹餅茶屋があったことから「牡丹餅立場」と呼ばれていたようです。
 現在は、茶屋などありませんでした。喫茶店でもあったらよかったのに。この辺りで少しお腹の具合が悪くなり、何かお店とか公園とかないかなあと……


⑭
 こんな工場はあるのですがね。売るほど便器があるはずなのですが……


⑮
 茅ヶ崎高校の前に東海道の松並木の説明板がありました。茅ヶ崎市内の松並木は、幹回り2.2m、推定樹齢は400年の黒松の大木が育っているのだそうです。弥次喜多コンビもこの松を眺めながら歩いたのでしょう。



* * *


 東海道沿いにはマイナーな史跡がたくさんあります。前回までの東海道の旅では初見ではないことで余裕で歩けたのですが今回はそうもいきません。トイレの場所も知らないし……
 神さま、どうか漏れませんように。


行程:→二ッ家稲荷神社→市境→明治天皇御休止所阯碑→上正寺→牡丹餅立場跡→東海道の松並木碑→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-07 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)
東海道中膝車輌[第4日]藤沢宿~平塚宿 #1

2018.12.01.sat



 随分と長逗留しました。藤沢宿にたどり着いたのは2017年5月。それから木賃宿の小間使いなどをして旅の資金を貯えておりました。
 さて、東海道中膝車輌の再開です。



第182回・神奈川徒歩々旅
東海道中膝車輌[第4日]
藤沢宿~平塚宿 #1





①
 京見附で藤沢宿を振り返りお別れです。さようなら藤沢宿。


②
 京見附を出てすぐ右手に伊勢山公園が見えます。ここには藤沢市指定有形民俗文化財の「承応2年庚申供養塔」があります。
 上の方に展望台が見えます。そこからは江の島が見えるのですが、この日は藤沢本町へ向かう電車から丹沢や富士山がぼんやり見える程度の空模様。しかも江の島方向は大逆光。さらに、それほど江の島がいい感じに見えるわけではないので今回はパスしました。


③
 この辺りの旧東海道は県道43号です。


④
 左の道なりが県道43号の旧東海道。郵便車両が向かう右の道に旧道の痕跡があるということなのですが、わかりませんでした。


⑤
 県道43号に戻り引地橋で引地川を渡ります。低いながらも美しい山容です。


⑥
 引地橋からすぐの「養命寺」です。


⑦
 本尊は「木造薬師如来坐像」。国指定重要文化財です。1197年の銘が確認され鎌倉時代初期の作と考えられているそうです。養命寺の建立は16世紀末。付近の大庭地区には14世紀初頭には薬師堂があったことから、元はそこの本尊であったのではとのことです。それにしてもその薬師堂より古い像ですね。
 養命寺にはほかに藤沢市指定重要文化財の「木造十二神将立像」もあります。


⑧
 養命寺とは旧東海道を挟んだ向かいにあるのは道祖神、「おしゃれ地蔵」。女性の願いはなんでも叶えてくれるそうです。満願のあかつきには白粉を塗ってお礼をするそうです。
 地蔵とは言うもののこれは道祖神。藤沢市としては土地の言い伝えを大切にする意味でそのまま地蔵と明記しているようです。文化庁だったらどうだろう。
 この道祖神、男女双体の道祖神だと思うのですが、男性も化粧をする時代だからいいのか。


⑨
 養命寺のすぐそばには養命酒……ではなくてメルシャンの工場がありました。
 実は藤沢市は全国一のワイン生産量を誇ります。ワインの町として売り出してもいます。それもこれもこの工場があってのことですね。この工場を見てそのことを思い出しました。
 私もメルシャンのワインを愛飲しています。ビストロだけどね。


⑩
 こちらは羽鳥交差点。ここまで歩いてきた県道43号は右へ。旧東海道はここから左の県道44号をしばらくたどります。


⑪
 確か羽鳥歩道橋だったと思います。歩道橋から眺めるなんて江戸時代の旅人は考えもしないことでしょうね。ドローンに考えが及ばなかった昭和のおっさんが言うのもなんですが。


⑫
 1年半前、横浜市と藤沢市の市境の付近で分かれた国道1号と合流します。この日初めての松並木も見えます。


⑬
 国道1号に合流する四ツ谷交差点からは大山道が出ています。左は国道1号、東海道。右は大山道。


⑭
 大山阿夫利神社の一の鳥居です。街道歩きの旅、いずれはここも。


⑮
 四ツ谷の一里塚跡ですがなんにもありません。日本橋より十三里です。



* * *


 久しぶりの旧東海道。これまでの川崎宿から藤沢宿まではかつて歩いたことがあったのですが、ここからは初めて歩く道。前回までの余裕がないことに気づくのでした。


行程:藤沢本町駅→京見附→引地橋→養命寺→おしゃれ地蔵→羽鳥交差点→大山道道標→四ツ谷の一里塚→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2018-12-06 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)
東海道中膝車輌[第3日]~藤沢宿・その2~
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 ここからは立派な国道歩きですが、旧街道の風情はたっぷりあります。沈み行く太陽に向かってラストスパートです。

<第62回>神奈川徒歩々旅
◇東海道中膝車輌[第3日]~藤沢宿・その2~
◇2017年5月5日(金)


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浮世絵に描かれた大鋸(おおぎり)橋、別名遊行橋。橋の幅、3間は広重の時代と同じだそうです。

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これは江の島弁財天道標。同様の道標が十数基残っており、内12基が藤沢市の重要文化財に指定されています。

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東海道は西へと進路を変えました。

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桔梗屋の店蔵は国登録有形文化財。文庫蔵、主屋も国登録有形文化財です。1911年築。軽く100年超え。
桔梗屋はお茶や紙の問屋。現在は横浜に本社は移りましたが、この店蔵は支店として現役とのこと。

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内田商店は1929年築。やはり旧東海道には古い建物が似合います、ってこれは昭和の建物ですが。

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こちらは問屋場跡。

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常光寺にお邪魔しました。

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1572年創立のお寺。

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本尊の木造阿弥陀如来立像(中央)は藤沢市指定重要文化財。写真の左端、見切れそうなところに写っている木造地蔵菩薩立像も藤沢市指定重要文化財。

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かながわの名木100選の「常光寺のカヤ」をはじめとした樹林は藤沢市指定天然記念物。

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右は万治二年庚申供養塔。左は寛文九年庚申供養塔。いずれも藤沢市指定有形民俗文化財。
文化財だらけ。

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もう夕方。西日が眩しかったです。

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こちらは義経の首洗井戸。
頼朝に追われ自害した義経の首は浜に捨て置かれました。その首が川を遡り、里人に拾われこの井戸で清められたと伝えられているそうです。
近くには義経が祀られた白旗神社がありますが、それはまたいずれ。

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わかりづらいですが小田急江ノ島線を跨ぐ伊勢山橋を渡れば、

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京方見附跡。藤沢宿はここまで。すぐ近くの藤沢本町駅から電車を乗り継いで帰宅しました。


◇◇◇


 すっかり江戸の旅人になった気分です。3日間をかけて川崎宿から藤沢宿まで歩きました。実は保土ヶ谷宿から藤沢宿までは1年前のゴールデンウィークにも歩きました。さらに川崎宿(品川宿)から神奈川宿も歩いたことがありますし、神奈川宿から保土ヶ谷宿は数えきれないくらい歩いたことがあります。
 でも、今回ほどじっくりと旧東海道を味わったことはありませんでした。それでも見落としはありますが。
 旧東海道の旅はひとまずここでお休み。つづきはまたいつの日か。メチャクチャ楽しみです。


◇行程 (藤沢宿・その1)→◎藤沢宿〔遊行橋(大鋸橋)→江の島弁財天道標→桔梗屋→内田商店→常光寺→問屋場跡→義経の首洗い井戸→京方見附跡〕→藤沢本町駅
◇14.37km・12158歩・647.0kcal
◇旅費 1,005円(交通費・895円 飲食代・110円)

東海道中膝車輌[第4日]へ つづく予定

by akrk0911 | 2017-05-23 07:00 | 街道歩きの旅 | Comments(0)