歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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鎌倉市西御門と周辺の旅 #5

2019.11.16.sat



 西御門、大蔵幕府旧跡を巡ってきました。続いては頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮です。


第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #5





①
 「大蔵幕府旧跡の碑」が建つのは鶴岡八幡宮と荏柄天神社や鎌倉宮を結ぶ道。


②
 国指定史跡「鶴岡八幡宮」に到着です。国宝館側から入りました。


③
 この記事を書いている今のいままで「頼朝桜」だと思っていたのですが、よく見ると三代将軍の「実朝桜」でした。きれいに紅葉していました。


④
 鶴岡八幡宮にある二つの池は「源平池」。若宮大路から見て右にある大きな池は「源氏池」。池には「旗上弁財天社」が浮かび、ほとりには「ぼたん庭園」もあり賑わっています。


⑤
 一方の「平家池」。わざと源氏池より小さく造ったとかなんとか。
 私は比較的ひっそりとしたこちらの池の方が好きかなあ。以前は蓮に覆われていたような気がするのですが、気のせい?


⑥
 平家池の景観には欠かせない「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」。「なにそれ?」ですよね。2016年に閉館した「県立近代美術館 鎌倉(鎌倉館)」が、今年(2019年)新しくオープンしたのです。更地になる予定だったのですが残りました。
 2016年には「旧神奈川県立近代美術館鎌倉館本館」として県指定重要文化財となりました。素晴らしい建築物です。


⑦
⑧
 さてさてお参りです。


⑨
 この日は11月16日。たくさんの子どもたちが七五三のお参りに来ていました。


⑩
 お参りをし、鎌倉駅へと向かいます。三の鳥居には民族衣装を纏った団体を見かけました。とても洒落た民族衣装でした。お国はどちらなのでしょう?


⑪
 久々に「段葛」を歩きました。ソメイヨシノをバッサリと刈り、ジンダイアケボノを「植えられてしまった」段葛。「玉縄桜」ならよかったのに……


⑫
 若宮大路の重鎮、鎌倉市指定景観重要建築物等の「三河屋本店」「三河屋本店店舗兼住宅」「三河屋本店蔵」はいずれも国登録有形文化財です。
 いつもすっかり忘れてしまう「蔵」ですが、今回は探してみました。すると……


⑬
 ありました。隣の店との間の奥に。いいのかなあと思いながら恐る恐る侵入してみました。


⑭
 初めて見ました。「こんなところにいたのかあ」っていうか、いつも帰宅してから「ああ、また蔵のこと忘れてた」の繰り返しにピリオドです。
 隣の店は「三河屋ビル」。ビルと主屋の間にはトロッコのレールが残されていて、なんだか感動しました。


⑮
 最後は同じく若宮大路にある「湯浅物産館」。こちらも鎌倉市の景観重要建築物等に指定されています。



* * *


 最後は「西御門」と関係なくなっちゃいましたが、「周辺」ということで。
 鶴岡八幡宮へは行ったものの、短時間でけっこうマイナー(登場人物は超メジャーですが)なスポットをサクッと巡ってとっとと帰る。なんて贅沢な鎌倉の旅でしょうか。
 そろそろ鎌倉のメジャーリーガーも巡ってみようかと思いますが、なにせ人が多くて、人見知りのボクは二の足を踏んじゃうのです。


行程:→鶴岡八幡宮→段葛→三河屋本店→湯浅物産館→若宮大路→鎌倉駅
歩行距離:5.7km 歩行時間:2時間22分
交通費616円
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by akrk0911 | 2019-11-22 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #4

2019.11.16.sat



 源頼朝の墓に圧倒されながらさらに同じ国指定史跡へ。西御門の旅はつづきます。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #4





①
 頼朝の墓所から階段を下り、左の細い道へ入るとすぐに別の階段が現れます。


②
 階段を上ると広い草原がありました。頼朝の墓所は頼朝時代の法華堂跡で、こちらは北条執権時代の法華堂跡らしいです。


③
 ここも国指定史跡「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」の指定範囲です。
 草原の奥に鳥居があります。地図では周辺にいくつか歴史的人物のお墓があるようなので行ってみましょう。


④
 鳥居に行き着く前の左手にやぐらがありました。
 「三浦泰村一族の墓」だそうです。「宝治合戦(三浦氏の乱)」で執権北条に滅亡させられた一族だそうです。


⑤
 鳥居の先は恐ろしく旧な階段でした。後悔しながら上ると3つのお墓がありました。
 この2つは「大江広元の墓」(右)、「毛利季光(すえみつ)の墓」(左)です。毛里季光は大江広元の四男です。


⑥
 もうひとつのお墓は階段をいったん途中まで下りて、隣の階段を上り返します。
 こちらは「島津忠久の墓」です。ここでピンとくる人は多いかもしれません。「毛里」といえば長州、「島津」といえば薩摩です。「薩長」のお墓が並んでいるのです。歴史に明るくない私にはそれが意外なことなのか鎌倉時代では当然なのかわかりません。
 頼朝の墓もそうですが、いずれも江戸期の建立とのことです。


⑦
 恐ろしい階段を下り下界に戻りました。この日のお墓は以上です。ところで北条義時の墓は?


⑧
 谷戸のへりの細い道を心細く歩くと句碑があります。「村田清風句碑」です。

 鎌倉の御事蹟を 探り探りて 清風 むかし語りきくきくむしる尾花哉

 村田清風は明倫館で学んだのちに江戸へ出てきた長州の武士。大江広元の墓の修理のため鎌倉滞在中に詠んだ句だそうです。


⑨
 さらに心細く歩き、次なる目的地に到着。鎌倉市指定景観重要建築物等の「村上邸」です。


⑩
 主屋は1939年以前の建築(詳しくはわからないらしい)です。


⑪
 こちらはここに至るまで、心細い道を歩いているときに撮影した主屋の裏側です。右にチラリと写っているのは茶室だそうです。主屋には能舞台もあるのだとか。恐れ入ります。


⑫
 なんだか洒落ています。


⑬
 村上邸の前の道をそのまま進むと「東御門」跡。西の御門からはじまったこの旅、東の御門に到着です。
 ちなみにこの碑が建っているのは鎌倉市西御門。道の反対側は鎌倉市二階堂。「東御門」という地名はありません。


⑭
 東御門の碑前をそのまま進み、清泉小学校に沿って右折します。頼朝の居館=幕府政庁があったのはここ清泉小学校のようです。
 法華堂跡(よりとも児童遊園)にもあった手書きの説明板はここの児童の作だと思います。


⑮
 というわけで「大蔵幕府旧跡」です。1180年に頼朝が鎌倉入りしてから、三代執権の北条泰時が幕府を「宇都宮辻子」に移すまで、日本初の武家政権はここが中心地だったのです。



* * *


 西御門から東御門へ、大蔵幕府政庁をぐるりと一周してみました。極々狭い範囲でしたが、あまりにも濃すぎる史跡に息が切れるのでした。
 さて、せっかくなので頼朝ゆかりの八幡宮へ行きましょう。


行程:法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)→三浦一族のやぐら→大江広元墓・毛利季光墓→島津忠久墓→村田清風句碑→村上邸→東御門跡→大蔵幕府旧跡→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-11-21 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3

2019.11.16.sat



 旅は国指定史跡へ。誰もが知る歴史的人物のお墓です。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3





①道
 来迎寺から西御門の碑まで戻り、東へ向かって歩きます。


②遊具
 その道の先にあるのは子どもたちが遊び、ゲートボールの練習に勤しむ男性がいる普通の公園です。
 ただ、名前がただ者ではないのです。


③よりとも児童遊園
 「よりとも児童遊園」。これまで出会った公園の中で、間違いなく一番インパクトのある公園名です。


④児童の説明
 この公園の回りにはたくさんの説明板が立ち並んでいました。
 こちらは近隣の小学校の児童の手による説明板です。周辺にはこの手書きの説明板がいくつも見られます。


⑤法華堂の碑
 「法華堂跡」。ここは頼朝、そして鎌倉幕府にとって重要な場所なのです。


⑥白旗神社
 よりとも児童遊園の隣、現在は白旗神社が建つこちらにはかつて、頼朝の墓を守る「法華寺」があり「法華堂」が建っていたのだそうです。


⑦階段
 白旗神社前の階段を上ります。


⑧平場
 階段の上は平場になっています。


⑨標柱
 ここは国指定史跡、「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」


⑩頼朝の墓
 立派な源頼朝の墓か建っています。とても不思議な感じがしました。「え、こんなに普通に建っているの?」と。


⑪石
 墓の右にひとかたまりの石があります。
 平治の乱で父親が平清盛の前に屈すると、頼朝は平家に捕らわれ弟、希義と離ればなれになり、その後再び会うことはなかったそうです。
 この石は、高知県にある希義の墓所とこの地の石と土を交換したものだそうです。


⑬祇園山
 頼朝の墓所からの眺めです。ここからは大蔵幕府が一望なのだそうです。見えている山は「祇園山」でしょうか。


⑭歌碑
 階段下には頼朝の功績を讃える歌碑が建っています。



* * *


 実はこの国指定史跡、隣接した高台にも指定範囲が広がっています。次はそちらを訪れます。


行程:→よりとも児童遊園→白旗神社→法華堂跡(源頼朝の墓)→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-11-20 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2

2019.11.16.sat



 初期鎌倉幕府の中枢周辺の旅です。でも、しばらく幕府と無関係な場所へ。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2





①谷戸へ
 谷戸の奥へと進みます。


②親柱
 橋の親柱らしきものがありました。「呉ふくばし」と掘られているので調べたのですが、わかりませんでした。


③石川邸説明
 谷戸の奥へ奥へと進むと鎌倉市の景観重要建築物等に指定されている「石川邸(旧里見弴邸)」があります。


④主屋
 こちらは主屋。1926年建築の洋館です。作家の里見弴(さとみとん)の邸宅で、自らも設計に関わったそうです。
 少々傷みが目立つかなあと思います。


⑤茶室
 敷地の奥には茅葺きの「和風別棟(茶室)」があります。少々見づらいのですが、1929年築のこちらは状態がいいように感じました。主屋と合わせての指定です。


⑥階段
 石川邸から来た道を少し戻ると「来迎寺」があります。右の階段が来迎寺です。その前に左の鳥居をくぐりました。


⑦八雲神社
 八雲神社です。創建は不詳のようです。


⑧庚申塔
 境内には鎌倉市指定有形民俗文化財の庚申塔があります。


⑨
 ただ、どれが文化財の「庚申塔(延宝八年銘)」なのかわかりません。


⑩大平寺
 さらに来迎寺の前に、来迎寺の階段脇にあるこの碑に足を止めます。「太平寺跡」の碑です。
 太平寺は比企一族の尼寺だそうです。比企一族は現在の鎌倉市大町の比企谷(ひきがやつ)に拠点を置いた後家人、比企能員(ひきよしかず)の一族なのかな?


⑪テニス
 地図によると太平寺跡はこちらのテニスコートらしいのですが、特に太平寺の遺構やら説明板などはありませんでした。


⑫門
 そして来迎寺へ。山号は「満光山」。まん……


⑬本堂
 来迎寺は複数の文化財を所有しています。
 県指定重要文化財の「木造 彩色如意輪観音半跏像」「木造 地蔵菩薩坐像」。鎌倉市指定有形文化財の「木造 跋陀婆羅尊者立像」、本尊「木造 阿弥陀如来及び両脇侍菩薩立像」です。
 本堂の中をチラリと覗かせていただきましたがすべては確認できませんでした。


* * *


 静かな静かな谷戸でした。テニスの音、「ピ~ヒョロロ」と鳥の声、遠く飛行機の音が心地よく聞こえる谷戸でした。タイワンリスはうるさかったけれど。
 このあとは鎌倉でも特に重要な史跡を訪れますが、あまり人も多くなく静かです。


行程:→呉ふくばし跡?→石川邸(旧里見弴邸)→八雲神社→太平寺跡→来迎寺→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-11-19 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1

2019.11.16.sat



 半年ぶりの鎌倉です。土曜日ですから大混雑必至の鎌倉です。でも、混雑にはほど遠い鎌倉もまだまだあるのです。


第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1





駅①
 なんだか鎌倉の旅はいつもこの写真のような気が。使い回しちゃおうかな。
 さて、今回はとりあえず八幡宮方面へ向かうのですが、大混雑の小町通りは論外で。


②鳥居
 若宮大路も人が多いなあ。


③路地
 ってことでこんな道を。


④宇都宮
 こんな道にはこんな史跡、「宇都宮辻子幕府旧跡」が。ここは数年前に訪れています。
 北条泰時の執権時代に大蔵からこちら(宇都宮辻子)に幕府が移されたのだそうです。日本史で学んだ「御成敗式目」はこの時代のものらしいです。
 なぜ宇都宮かについてはこちらをどうぞ。


⑤狭い
 味のある道です。ご忠告にはおかまいなしに軽自動車が慣れた手つきでスルスル走っていきました。


⑥
 そんなカーブにも幕府跡の碑がありました。「若宮大路幕府旧跡」です。宇都宮辻子幕府の後、鎌倉幕府の終焉までここが幕府の中心だったようですが、場所はまんま宇都宮辻子幕府と同じだそうです。出入口が宇都宮辻子から若宮大路に代わり呼び名が変わったのだとかなんとか。


⑦金澤街道
 鎌倉駅前の二の鳥居からずっと歩いてきた裏道は金沢街道に突き当たって終わります。左へいけば鶴岡八幡宮、鎌倉街道です。今回は右折して朝比奈、横浜市金沢区方面へ行きます。


⑧宝戒寺
 金沢街道はすぐに宝戒寺に突き当たります。道なりに朝比奈方面へ左折します。


⑨谷戸へ
 少し金沢街道を歩いたら谷戸へと分け入ります。宝戒寺の突き当たりを左折し、右にカーブしたあと最初の信号のない交差点を左折した道です。


⑩標識
 だいたいこんな感じの名所・旧跡がある地域です。


⑪西御門
 というわけで今回は鎌倉市の「西御門(にしみかど)」とその周辺を旅します。ところで西御門とは?
 今回ここに至るまでに「宇都宮辻子幕府」「若宮大路幕府」の旧跡を(たまたま)巡ってきましたが、これから歩く現在の西御門は最初に鎌倉幕府が置かれた地、「大蔵幕府」の跡です。幕府の「西の御門」があったことから地名として現在に残っているのだそうです。


⑫横国付属
 こちらは「横浜国立大学教育学部 附属鎌倉中学校」。西の御門はこの敷地内にあったようです。



* * *


 何の気なしに歩いた裏道が今回の旅のいいプロローグになりました。われながらナイスな選択のセンスでした。さて西御門、どんな町なのでしょうか。


行程:鎌倉駅→宇都宮辻子幕府旧跡→若宮大路幕府旧跡→金沢街道→西御門旧跡→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-11-18 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #7

2019.04.13.sat



 境内に響く「南無妙法蓮華経」。これはただ事ではないと急いで声のする方へ行ってみると。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #7





①
 なんでしょう、着飾った子どもたちが歩いてきました。


②
 二天門をくぐり子どもたちが祖師堂へと進んでいきます。


③
 子どもたちが進むと保護者たちが一緒に進みます。


④
 子どもたちのあとに読経をしながら僧侶がつづきます。


⑤
⑥
⑦
 祖師堂で何やら法要が始まりそうです。


⑧
 これは「立教開宗慶讃千部会法要(せんぶえほうよう)」。日蓮が朝日に向かって「南無妙法蓮華経」を唱えて日蓮宗の開宗を宣言したのが4月だそうで、それを讃える法要なのだとか。
 子どもたちはお稚児といい、日蓮に献花をするのだそうです。


⑨
 お稚児は惣門脇にある比企谷幼稚園の子どもたち。お役を終えてあちらこちらで記念撮影が行われていました。いい思い出でしょうね。


⑩
 天気もよくとても爽快な一日でした。


⑪
 方丈門をくぐり、あとは惣門を出て鎌倉駅へ……。と方丈門脇の境内案内図を見て思い出しました。もうひとつ行くところが。


⑫
 方丈門に向かって左へ進むと蛇苦止堂(蛇苦止明神)に行き当たります。明神というから手を叩いたのですが、お堂なのですよね。念のため手を叩かずにもう一度手を合わせました……


⑬
 いい感じの池がありました。


⑭
 こちらには井戸があります。蛇苦止の井(じゃくしのい)です。
 比企一族が滅んだのは比企の変。その際に比企能員の娘、二代将軍の妻である若狭局は家宝を抱えてこの井戸に身を投げたのだそうです。いまでも若狭局は蛇に姿を変えて家宝を守っているとのことです。
 この井戸は先ほど訪れた六方の井とつながっていて、若狭局が往き来しているのだとか。六方の井の水面がさざ波立っているときは、若狭局がいるのだとか。


⑮
 歴史は恐ろしげですが谷戸の風景は爽やかです。


⑯
 妙本寺の惣門を出てまっすぐ進むと「夷堂橋」。大町はここまで。滑川に架かるこの橋を渡れば小町です。見えているお寺は「本覚寺」。そちらは小町の旅で訪れましょう



* * *


 私には縁のない日蓮宗のお寺が多い大町でした。まさかの法要で静かな大町の旅は一転しました。とても賑やかでした。
 その後訪れた蛇苦止堂はひっそり。最後はこの日を象徴するような静寂で締めることができました。まあ、そのあと大賑わいの鎌倉駅で疲れちゃいましたが。


行程:→妙本寺→蛇苦止堂→夷堂橋→鎌倉駅
歩行距離:11.52km 歩行時間:4時間51分 交通費:604円
拝観料:500円(安国論寺:100円、妙法寺:300円、安養院:100円)
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by akrk0911 | 2019-04-23 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市大町の旅 #6

2019.04.13.sat



 大町の旅は大詰め。日蓮宗のお寺を巡ります。スゴい歴史のある場所です。



第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #6





①
 八雲神社から細道を進むと「常栄寺」があります。通称は「ぼたもち寺」。幕府に捕らわれ刑場に送られる日蓮にぼた餅を振る舞った老婆がここに住んでいたことが由来だそうです。


②
 その後日蓮は処刑を免れたことから、その9月12日にはごまをまぶした厄除けの「首つなぎぼたもち」が振る舞われるそうです。
 でも9月なら「ぼた餅」ではなくて「おはぎ」なんではないの?


③
 さらに細道を進んで「妙本寺」へ。大町のなかでも大きなお寺です。


④
 一帯は「比企谷(ひきがやつ)」という谷戸。妙本寺は比企能員(ひきよしかず)の邸宅跡に建てられたお寺です。比企能員は頼朝の乳母、比企の尼の養子。頼朝からの信頼も厚く、頼朝の妻北条政子はここで後の二代将軍、頼家を出産したそうです。
 その頼家に寵愛されたのが能員の娘、若狭局(わかさのつぼね)。若狭局は頼家との間に子をもうけたものの、頼家が病になると政子は、頼家の権力を二分し、頼家の弟である後の三代将軍実朝に渡そうとしました。次の将軍に実朝を推す北条。それが不満の比企能員は北条を倒そうと企てるも、逆にこの地で比企一族は滅ぼされたのだそうです。この一件は比企の変と呼ばれています。


⑤
 なんともスゴい歴史がうごめいた地です。それが嘘のようなこの景色。


⑥
 惣門からだいぶ歩いて二天門へ。


⑦
 妙本寺は日蓮宗のお寺です。最古の日蓮宗のお寺とのこと。開基は比企能員の末子である比企能本。日蓮は能本の父、能員に「長興」、母に「妙本」という法号を与え、寺を長興山妙本寺と名づけたのだそうです。


⑧
 大きな大きな祖師堂です。本堂かと思ったら違いました。「木造 妙本寺祖師堂」は鎌倉市指定有形文化財です。


⑨
 八重桜が咲いていました。そんな時季なのですねえ。


⑩
⑪
 大きな祖師堂は色々なアングルから絵になりました。


⑫
 境内には鎌倉市指定天然記念物の「イチョウ」があります。


⑬
 そのイチョウ、高いところでは新しい葉が芽吹いているようでした。


⑬
 境内にある万葉集研究遺跡の碑。この場所には新釈迦堂というお堂があったそうです。このお堂の僧がここで万葉集の研究をしたとのことです。いま流行りの万葉集です。


⑬
 こちらが本堂。うっかりすると見落としてしまうでしょう。



* * *


 さて、普通に妙本寺を紹介しましたが、実はこの日は普通の日ではありませんでした。惣門をくぐり長い参道をのんびり歩いていると「南無妙法蓮華経」の野太い声が境内に響き始めたのです。
 これはただ事ではないぞと駆け足で二天門へ。二天門からここまでの写真は「ただ事ではない」一件のあとに撮影したものです。その一件はこのあとすぐ。


行程:→常栄寺→妙本寺→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-04-22 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(2)
鎌倉市大町の旅 #5

2019.04.13.sat

 鎌倉を語る上で外せない尼将軍関連の史跡に出くわしました。それくらい調べておきなさいよって感じですが。そして絶景も。




第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #5





①
 久々に県道311号に戻り鎌倉駅方面へ。
 こちらは浄土宗の「安養院」。寺号を「長楽寺」といいますが安養院と呼ばれています。ちなみに山号は「祇園山」です。


②
 本堂裏手にとても大きな宝篋印塔があります。国指定重要文化財の「安養院宝篋印塔」です。1308年のもので、浄土宗名越派開祖である尊観を供養する塔だそうで、鎌倉最古の塔と言われています。
 とても大きいです。隣の宝篋印塔と比べるとその巨大さがわかります。


③
 さて、隣のその宝篋印塔ですがスゴいものでした。「北条政子の供養塔」と言われているそうです。
 元々長楽寺は政子が頼朝を弔うために長谷に建てたお寺。その長楽寺が焼失したのちにこちらへ移ってきたそうです。しかしまた焼失。頼朝に仕えた武士、田代信綱が建てた田代寺の観音堂を当地に移築し再建されたそうです。
 安養院は政子の法名。のちに長楽寺の院号とされ、このお寺は安養院と呼ばれ親しまれているのです。


④
 桜がまだ元気でした。ツツジもだいぶ咲いています。でも主役は後ろの大木。


⑤
 本堂の前に堂々と立つ「マキ」は鎌倉市指定天然記念物です。
 安養院は鎌倉市指定有形文化財の「木造 願行房円満上人坐像」を所有しています。


⑥
 安養院から県道311号を少し鎌倉方面へ行くと「別願寺」があります。こちらは時宗のお寺。室町時代には足利氏が信仰したそうです。


⑦
 鎌倉市指定有形文化財の「石造宝塔」は足利持氏の供養塔と言われているそうです。鳥居が浮き彫りにされていますが、これは持氏の怒りを鎮めるためなのだそうです。
 別願寺は鎌倉市指定有形文化財の「別願寺文書」「太平尼寺出土品 (青磁蓋付鎬文壷・古瀬戸黄緑釉尊形花器)」を所有しています。


⑧
 別願寺からさらに鎌倉駅方面へ行くとすぐに「八雲神社はこちら」の案内があります。案内に従って路地へ入ると「八雲神社」はすぐです。


⑨
 鳥居をくぐると左手に「庚申塔(寛文十年銘)」があります。鎌倉市指定有形民俗文化財です。たくさんの人がいましたが立ち止まる人はいませんでした。


⑩
 鎌倉市指定有形文化財の「銅造 灌仏盤」もこちらの所有です。


⑪
 八雲神社の裏には「見晴台」というところがあるので行ってみようと思うと登山口の案内標識。登山かよ。神社の裏のちょっとした高台かと思ったらハイキングコースでした。


⑫
 確かに登山です。妙法寺といい予期せぬ登山にちょっとうれしかったりして。トレッキングシューズを履いていてよかったです。


⑬
 ここは「祇園山ハイキングコース」の見晴台。祇園山ハイキングコースというのがあったのですね。 祇園山、先ほど訪れた安養院の山号ではありませんか。なるほど。


⑭
⑮
 見晴台はその名の通り絶景でした。大島や稲村ヶ崎がよく見え、伊豆半島や箱根、雲がかかってしまいましたが富士山も見えました。ぎりぎり丹沢の南部が見え隠れもしていました。


⑮
 八雲神社を出たら元来た道を道なりに進みます。



* * *


  立派な国指定重要文化財の宝篋印塔の脇に北条政子の供養塔がひっそりとありましたよ。安養院ってそういうお寺だったのですか、と、相変わらずの無知っぷりです。


行程:→安養院→別願寺→八雲神社→見晴台→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-04-21 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #4

2019.4.13.sat



 大町の旅は谷戸の奥の奥へ。春の色満載の谷戸の奥にちょっと残念な扱いの史跡たちです。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #4





①
 妙法寺からだいぶ歩いてきました。滑川の支流「逆川(さかさがわ)」の、銘板もない橋の上にいます。逆川ふるさといきものの里という看板があり、ホタルやモクズガニの生息地なのだそうです。
 ここの景色は素晴らしかったです。もう少し前ならソメイヨシノが咲き誇っていたのでしょう。


②
 場所は説明しづらいのでこんな感じです。妙法寺から歩いて現在地にいます。ここから黄金やぐら、現在地に戻って大町釈迦堂口遺跡、釈迦堂切通、六方の井の順番に回ります。ネタバレです。


③
 好天の下、素晴らしい谷戸を歩きます。こんなところに生まれ育っていたらだいぶ違う私になっていたでしょう。これは絶対にそうだと思います。絶対に。言いわけ。


④
 うっかり通りすぎてしまいました。これは気づかないなあ。「黄金(こがね)やぐら」です。
 地図にものっていない史跡です。ストリートビューで「逆川ふるさといきものの里」周辺を調べているときに、偶然「黄金やぐら 200m」の案内標識を見て知ったのです。よくよく調べてみると案内標識から200メートルなんてウソっぱち。黄金やぐらを見つけた人のとあるブログがなかったらたどり着けませんでした。


⑤
 道路から降りることができたので近寄ってみました。ポッカリ口を開けていました。中はよく見えませんでした(怖いからあまりよく見ませんでした)が水があるそうです。その水のなかでヒカリゴケが光っていたのでこの名がついたようですが、現在ではヒカリゴケはないそうです。


⑥
 黄金やぐらから銘板のない橋へ戻り、衣張山登山口方面へ向かいます。ここは大町釈迦堂口遺跡と釈迦堂切通の分岐点です。
 衣張山がきれいです(どこが頂上なのか、頂上は果たして写っているのかはわかりませんが)。もう少し季節が進むと萌えるような新緑なのでしょうが、芽吹く前の木や、ところどころに花が見られるこのタイミングが好きです。


⑦
 登ってしまいたい気持ちを押さえ込み直進します。


⑧
 国指定史跡の「大町釈迦堂口遺跡」です。ここからは立ち入り禁止です。


⑨
 大きな石に上がり、腕を目一杯伸ばして撮った写真です。奥の崖中央やや下にやぐらが一基写っていましたが、それだけでした。
 二階堂の永福寺跡のような整備がされたらなあと思いました。


⑩
 こちらは崩落の危険があるので立ち入り禁止の「釈迦堂切通」。ここが通れたら二階堂との行き来が容易なのですが。
 上の方の掘削跡はまだ上部も切り開く予定だった跡でしょうか。完全に切通す予定だったのかな?


⑪
 次へと進む道中の素晴らしいこと! 決して派手に感じないのはなぜでしょう。


⑫
 次の「六方の井」へは地図にはない道(あとで調べたら地理院地図には標記がありました)を手探りで歩きます。ほんとにこっちでいいのか? 不安になります。


⑬
 ありました。よかったあ。


⑭
 井戸ですから当然飲用されていたのですが、現在では深い緑色の水が「飲んだらキケン」と言っていました。
 この井戸は一度も枯れたことがないそうです。井戸のなかに竜頭という出っ張りがあり、水位がそこまで下がると雨が降るのだそうです。
 また、二代目将軍、源頼家の妻(誰が正室なのかわからないそうですが)に関する逸話も残っていますが、それはのちほど。


⑮
⑯
 六方の井からやや大きな道に戻り少し歩くと右手の路地に日蓮宗の「大宝寺」があります。
 門柱の横には「佐竹屋敷跡の碑」があります。佐竹氏の祖先、新羅三郎源義光が兄である源義家とともに後三年の役(1083年)を鎮めたのち、ここが佐竹氏の居館となったそうです。佐竹を名乗るようになったのは義光の孫、昌義が常陸国久慈郡佐竹郷に住んでいたころのこと。
 佐竹といえば現在の秋田県知事、佐竹敬久はこの佐竹氏の流れを汲んでいるようです。



* * *


 少々寂しい扱いの史跡たち。鎌倉市のがんばりに期待したいのですが……。六方の井は個人所有でしょうか? こちらは大事にされていることが伝わってきました。
 谷戸の風景、町並みは素晴らしいものでした。


行程:→黄金やぐら→大町釈迦堂口遺跡→釈迦堂切通→六方の井→大宝寺→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-04-20 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市大町の旅 #3

2019.04.13.sat



 日蓮の史跡が多い大町。次のお寺も日蓮がらみの史跡です。予期せず登山気分も味わいます。


第207回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市大町の旅 #3





①
 安国論寺前の交差点から妙法寺道がはじまります。


②
 妙法寺の山門、「木造 妙法寺表門」は鎌倉市指定有形文化財、室町時代の建立です。戸が閉められているのが残念。


③
 受付で拝観料を納めると火のついた線香をいただきました。こういうのははじめてです。


④
 妙法寺は日蓮が当地、松葉ヶ谷を布教の拠点として小庵を結んだ場所に創建された霊跡寺院で、のちに将軍家、徳川御三家、肥後細川家の帰依を受けたそうです。
 本堂は細川斉樹が幼くして亡くなった娘を弔うために建立されたとのことです。
 本堂の「板絵 著色金彩本堂障壁画」は鎌倉市指定有形文化財です。


⑤
 受付で境内の案内図がのったパンフレットをいただきました。「上まで行けますよ」と教わったので案内図を見ながら本堂裏へ。少し階段を上がると仁王門です。


⑥
 仁王門の向こうには杉本寺にも負けない苔の石段が現れました。こんなところがあるなんて知らなかったのでビックリです。
 苔石段は一部を除いて立ち入り禁止なので横にある恐ろしく急な階段を上りました。最近、だいぶ(ほんの少し)高所恐怖症が改善してきました。



⑦
 急な階段の上にある法華堂。


⑧
 法華堂からさらに階段を上がると「松葉谷御小庵跡」がありました。日蓮が20年に渡り住んだ場所だそうです。
 この小庵にまつわる逸話に松葉谷法難があります。
 夕べの読経をしていたある夜、袖を引く白い猿に導かれるままについて行った日蓮。小庵の方で人々の声が聞こえてきました。それは日蓮に危害を加える企てであり、白い猿がそのことを日蓮に知らせにきたのであろうと感謝したそうです。
 白い猿? 衣張山登山の際にそんな話がありました。でも少し違うなあ。


⑨
 小庵からは南北に道があります。まずは左方向の北側へ。もう登山道以外の何ものでもありません。


⑩
 樹間に稲村ヶ崎。箱根や富士山、大島、伊豆半島も見えたのですが、ピンぼけ……


⑪
 こちらは「南の方御墓」。南の方は妙法寺の中興の祖である日叡の母。日叡についてはのちほど。


⑫
 で、こちらが「日叡上人御墓」・「日蓮聖人塔」。その日叡の墓と日蓮の塔なのだそうですがどれがどれやら……


⑬
 小庵跡に戻り南側へ。こちらも登山。


⑭
 南側には「大塔宮の墓」が。大塔宮とは後醍醐天皇の息子の護良(もりなが)親王のこと。このブログでは度々登場する神奈川県の歴史の重要人物。
 あれ、二階堂にもお墓がありましたねえ。そちらは宮内庁の管轄でしたが。
 先ほどの日叡は護良親王の息子です。


⑮
 大塔宮御墓からはご覧の眺望。山に囲まれ、鎌倉が天然の要塞であることがよくわかります。遠くには箱根と富士山。



* * *


 まさかここで山に登るとは思いませんでした。妙法寺の受付の人に教わらなかったら気づかなかったかもしれません(安国論寺みたいに)。
 なるほど、日蓮と大町とはそんな関係だったのですね。つづいては日蓮から離れて、鎌倉の谷戸の奥の奥へと進んでいきます。


行程:→妙法寺→〈つづく〉
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by akrk0911 | 2019-04-19 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)