歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
カテゴリ
全体
Information
神奈川一周の旅
ヨコハマ散歩
横浜市の旅
川崎市の旅
相模原市の旅
鎌倉市の旅
三浦半島の旅
湘南の旅
県央の旅
西湘・足柄の旅
乗らず鉄
街道歩きの旅
イベント・祭
スポーツ観戦
ちょっと寄り道
ちょっと昔ばなし
そば食い日誌
ローカルスーパー探訪記
みやげ話
神奈川あれやこれや
文化財ファイル
ごあいさつ
春夏秋冬
県外徒歩々旅
以前の記事
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
タグ
(147)
(128)
(61)
(49)
(47)
(44)
(38)
(37)
(35)
(32)
(29)
(27)
(26)
(24)
(24)
(22)
(22)
(17)
(16)
(16)
(16)
(15)
(14)
(13)
(13)
(13)
(12)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
最新のコメント
> kisetsuwom..
by akrk0911 at 23:55
いいですね,富士山。
by kisetsuwomeguru at 22:38
> gonta-2019..
by akrk0911 at 19:01
こんにちは。 二時間半..
by gonta-2019 at 17:12
こんばんは。 最..
by gonta-2019 at 20:46
> sy-f_ha-ys..
by akrk0911 at 21:38
今月の初めころ馬車道駅下..
by sy-f_ha-ys at 19:23
んじゃ戸部駅裏の石崎商ゆ..
by なな at 01:28
> gonta-2019..
by akrk0911 at 23:07
こんばんは。 赤い電車..
by gonta-2019 at 20:50
メモ帳
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
鎌倉市西御門と周辺の旅 #4
at 2019-11-21 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3
at 2019-11-20 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2
at 2019-11-19 07:00
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1
at 2019-11-18 07:00
そば食い日誌・かまくらそば ..
at 2019-11-17 07:00
記事ランキング
ブログジャンル
横浜市旭区、古民家と古戦場を巡る旅 [4]
f0379138_11401574.jpg


 ここからは史跡タイムです。古戦場、「鶴ヶ峰の戦い」の跡を巡っていきます。
 ほとんどが「畠山重忠古戦場跡」として横浜市の地域史跡に登録されているのですが、横浜市のHPでは詳細がわかりません。現地で登録されていることがわかったものは明記していこうと思います。


〈第168回〉神奈川徒歩々旅
◇横浜市旭区、古民家と古戦場を巡る旅 [4]
◇2018年9月9日(日)


 ***


 旭区の古戦場、主人公は畠山重忠です。

 畠山重忠は現在の埼玉県で1164年に誕生しました。母は相模国の三浦義明の娘です。頼朝の信頼は篤く、鎌倉時代を代表する武将の一人です。

 重忠は、当時実権を握っていた北条時政(北条政子の父)より、「鎌倉へ出頭せよ」との命を受けて、134騎の兵と共に現在の埼玉県から鎌倉へ向かいました。
 一行が当地、鶴ヶ峰に達すると前方帷子(かたびら)川周辺に数万騎の兵が待ち構えていました。
 これは京の平賀朝雅と重忠の嫡男、重保の口論が発端。畠山重忠・重保親子による謀反が疑われ討伐されることとなったのです。
 でもそれは口実に過ぎず、武蔵国で力を持つ有力御家人である畠山重忠から、武蔵国を奪おうという北条時政の策略なのでした。

 数万騎の軍勢を前に重忠の部下は、菅谷(埼玉県)へ戻り、兵を整えてから鎌倉へ向かおうと進言しました。しかし重忠は「謀反などは企てていない。兵を整え挙兵すれば、それこそ無実が事実になってしまう」とそのまま前進し、ここが畠山重忠終焉の地となったのです


f0379138_11422259.jpg
▲またもや帷子川
 またもや帷子川です。今回の旅は帷子川と国道16号を行ったり来たりします。


f0379138_11432261.jpg
清来寺山門
 こちらは清来寺(せいらいじ)。光っているのは本堂の屋根。とにかく眩しいのでした。スマホやPCのモニターでも眩しいでしょ。


f0379138_11441225.jpg
▲本堂
 境内には鎌倉時代、伝令(音の狼煙?)として使われた鐘の塚があり「鐘楼塚」と呼ばれているとのこと。


f0379138_12512604.jpg
鐘楼
 これはその鐘ではないでしょうね。
 鐘楼塚には畠山重忠が所持していた観音像が埋められており「観音塚」とも呼ばれているそうです。


f0379138_11451725.jpg
▲帷子川
 帷子川に沿って歩きました。県営今宿団地付近は明るい感じの遊歩道でしたが、この辺りは薄暗く、カラスがたくさんいて怖かったのです。


f0379138_11460121.jpg
▲水道道
 帷子川から水道道へ。こちらは明るい道でした。


f0379138_11471558.jpg
▲史跡?
 水道道に史跡があるのですが、うっかり見過ごすところでした。


f0379138_11484374.jpg
▲矢畑と越し巻き
 こりゃわからんぜよ。
 北条側から重忠の側に雨のように降ってきた矢が一面に突き刺さり、矢の畑のようだったことから「矢畑(やばたけ)」と呼ばれているそうです。恐ろしい光景です。
 また、この地で重忠が北条勢に取り囲まれたことから「越し巻き」とも呼ばれています。
 ここが横浜市登録地域史跡なのかわかりませんでした。


f0379138_11492878.jpg
▲再び国道16号を越え
 次の史跡を目指します。もう撮影はしませんでしたが、国道16号を越えて静かな道を歩きました。


f0379138_11501376.jpg
▲薬王寺
 さらに細い道をうんだらかんだら歩き、着いたのは薬王寺。横浜市登録地域史跡「畠山重忠古戦場跡」の「六ッ塚・霊場」です。この地に重忠をはじめ主従一同が六つの塚に葬られたのだそうです。


f0379138_11510591.jpg
▲畠山霊堂創建記念碑
 塚はどこなのか、あるのかないのかわからないのでした。こちらは畠山霊堂(薬王寺)創建記念碑。地蔵の土台には「畠山重忠公」の文字が彫られていました。
 ここが塚なのかなあ?


f0379138_11514990.jpg
▲さらに奥まった場所へ
 まだまだ古戦場の史跡はあるのです。


f0379138_11521928.jpg
▲こちらも「史跡を探せ!」状態
 「矢畑」「越し巻き」の例もあるので目を凝らして次なる史跡を探します。もう写っています。


f0379138_11523948.jpg
▲すずり石水跡
 重忠が鶴ヶ峰に陣を張った際にこの崖から涌き出る水で墨をすったことからこの名が残っています。この「すずり石水跡」も横浜市登録地域史跡「畠山重忠古戦場跡」です。
 擁壁の水抜穴から水が染みていれば雰囲気があったのに。


f0379138_11525940.jpg
▲すごい階段
 なんだかすごい階段でした。急傾斜な上に段の幅も高さもマチマチでした。天国へ向かっているような感覚を、それはない。


f0379138_11531821.jpg
▲次なる史跡へ住宅街をGo!
 今でこそ開発されていますが、鎌倉時代は山の中だったのではないでしょうかねえ。こんなところに史跡があるのが不思議です。


 ***


 いよいよ古戦場巡りがはじまりました。なんだかあっさりとした史跡たちです。


◇行程 →清来寺→矢畑・越し巻き→六ッ塚・霊場→すずり石水跡→ 〈つづく〉

by akrk0911 | 2018-09-13 07:00 | 横浜市の旅 | Comments(0)
<< 横浜市旭区、古民家と古戦場を巡... 横浜市旭区、古民家と古戦場を巡... >>