歩くこと、そして神奈川県がアホみたいに好きです。
by akrkak
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鎌倉市西御門と周辺の旅 #4

2019.11.16.sat



 源頼朝の墓に圧倒されながらさらに同じ国指定史跡へ。西御門の旅はつづきます。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #4





①
 頼朝の墓所から階段を下り、左の細い道へ入るとすぐに別の階段が現れます。


②
 階段を上ると広い草原がありました。頼朝の墓所は頼朝時代の法華堂跡で、こちらは北条執権時代の法華堂跡らしいです。


③
 ここも国指定史跡「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」の指定範囲です。
 草原の奥に鳥居があります。地図では周辺にいくつか歴史的人物のお墓があるようなので行ってみましょう。


④
 鳥居に行き着く前の左手にやぐらがありました。
 「三浦泰村一族の墓」だそうです。「宝治合戦(三浦氏の乱)」で執権北条に滅亡させられた一族だそうです。


⑤
 鳥居の先は恐ろしく旧な階段でした。後悔しながら上ると3つのお墓がありました。
 この2つは「大江広元の墓」(右)、「毛利季光(すえみつ)の墓」(左)です。毛里季光は大江広元の四男です。


⑥
 もうひとつのお墓は階段をいったん途中まで下りて、隣の階段を上り返します。
 こちらは「島津忠久の墓」です。ここでピンとくる人は多いかもしれません。「毛里」といえば長州、「島津」といえば薩摩です。「薩長」のお墓が並んでいるのです。歴史に明るくない私にはそれが意外なことなのか鎌倉時代では当然なのかわかりません。
 頼朝の墓もそうですが、いずれも江戸期の建立とのことです。


⑦
 恐ろしい階段を下り下界に戻りました。この日のお墓は以上です。ところで北条義時の墓は?


⑧
 谷戸のへりの細い道を心細く歩くと句碑があります。「村田清風句碑」です。

 鎌倉の御事蹟を 探り探りて 清風 むかし語りきくきくむしる尾花哉

 村田清風は明倫館で学んだのちに江戸へ出てきた長州の武士。大江広元の墓の修理のため鎌倉滞在中に詠んだ句だそうです。


⑨
 さらに心細く歩き、次なる目的地に到着。鎌倉市指定景観重要建築物等の「村上邸」です。


⑩
 主屋は1939年以前の建築(詳しくはわからないらしい)です。


⑪
 こちらはここに至るまで、心細い道を歩いているときに撮影した主屋の裏側です。右にチラリと写っているのは茶室だそうです。主屋には能舞台もあるのだとか。恐れ入ります。


⑫
 なんだか洒落ています。


⑬
 村上邸の前の道をそのまま進むと「東御門」跡。西の御門からはじまったこの旅、東の御門に到着です。
 ちなみにこの碑が建っているのは鎌倉市西御門。道の反対側は鎌倉市二階堂。「東御門」という地名はありません。


⑭
 東御門の碑前をそのまま進み、清泉小学校に沿って右折します。頼朝の居館=幕府政庁があったのはここ清泉小学校のようです。
 法華堂跡(よりとも児童遊園)にもあった手書きの説明板はここの児童の作だと思います。


⑮
 というわけで「大蔵幕府旧跡」です。1180年に頼朝が鎌倉入りしてから、三代執権の北条泰時が幕府を「宇都宮辻子」に移すまで、日本初の武家政権はここが中心地だったのです。



* * *


 西御門から東御門へ、大蔵幕府政庁をぐるりと一周してみました。極々狭い範囲でしたが、あまりにも濃すぎる史跡に息が切れるのでした。
 さて、せっかくなので頼朝ゆかりの八幡宮へ行きましょう。


行程:法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)→三浦一族のやぐら→大江広元墓・毛利季光墓→島津忠久墓→村田清風句碑→村上邸→東御門跡→大蔵幕府旧跡→〈つづく〉
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# by akrk0911 | 2019-11-21 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3

2019.11.16.sat



 旅は国指定史跡へ。誰もが知る歴史的人物のお墓です。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #3





①道
 来迎寺から西御門の碑まで戻り、東へ向かって歩きます。


②遊具
 その道の先にあるのは子どもたちが遊び、ゲートボールの練習に勤しむ男性がいる普通の公園です。
 ただ、名前がただ者ではないのです。


③よりとも児童遊園
 「よりとも児童遊園」。これまで出会った公園の中で、間違いなく一番インパクトのある公園名です。


④児童の説明
 この公園の回りにはたくさんの説明板が立ち並んでいました。
 こちらは近隣の小学校の児童の手による説明板です。周辺にはこの手書きの説明板がいくつも見られます。


⑤法華堂の碑
 「法華堂跡」。ここは頼朝、そして鎌倉幕府にとって重要な場所なのです。


⑥白旗神社
 よりとも児童遊園の隣、現在は白旗神社が建つこちらにはかつて、頼朝の墓を守る「法華寺」があり「法華堂」が建っていたのだそうです。


⑦階段
 白旗神社前の階段を上ります。


⑧平場
 階段の上は平場になっています。


⑨標柱
 ここは国指定史跡、「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」


⑩頼朝の墓
 立派な源頼朝の墓か建っています。とても不思議な感じがしました。「え、こんなに普通に建っているの?」と。


⑪石
 墓の右にひとかたまりの石があります。
 平治の乱で父親が平清盛の前に屈すると、頼朝は平家に捕らわれ弟、希義と離ればなれになり、その後再び会うことはなかったそうです。
 この石は、高知県にある希義の墓所とこの地の石と土を交換したものだそうです。


⑬祇園山
 頼朝の墓所からの眺めです。ここからは大蔵幕府が一望なのだそうです。見えている山は「祇園山」でしょうか。


⑭歌碑
 階段下には頼朝の功績を讃える歌碑が建っています。



* * *


 実はこの国指定史跡、隣接した高台にも指定範囲が広がっています。次はそちらを訪れます。


行程:→よりとも児童遊園→白旗神社→法華堂跡(源頼朝の墓)→〈つづく〉
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# by akrk0911 | 2019-11-20 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2

2019.11.16.sat



 初期鎌倉幕府の中枢周辺の旅です。でも、しばらく幕府と無関係な場所へ。



第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #2





①谷戸へ
 谷戸の奥へと進みます。


②親柱
 橋の親柱らしきものがありました。「呉ふくばし」と掘られているので調べたのですが、わかりませんでした。


③石川邸説明
 谷戸の奥へ奥へと進むと鎌倉市の景観重要建築物等に指定されている「石川邸(旧里見弴邸)」があります。


④主屋
 こちらは主屋。1926年建築の洋館です。作家の里見弴(さとみとん)の邸宅で、自らも設計に関わったそうです。
 少々傷みが目立つかなあと思います。


⑤茶室
 敷地の奥には茅葺きの「和風別棟(茶室)」があります。少々見づらいのですが、1929年築のこちらは状態がいいように感じました。主屋と合わせての指定です。


⑥階段
 石川邸から来た道を少し戻ると「来迎寺」があります。右の階段が来迎寺です。その前に左の鳥居をくぐりました。


⑦八雲神社
 八雲神社です。創建は不詳のようです。


⑧庚申塔
 境内には鎌倉市指定有形民俗文化財の庚申塔があります。


⑨
 ただ、どれが文化財の「庚申塔(延宝八年銘)」なのかわかりません。


⑩大平寺
 さらに来迎寺の前に、来迎寺の階段脇にあるこの碑に足を止めます。「太平寺跡」の碑です。
 太平寺は比企一族の尼寺だそうです。比企一族は現在の鎌倉市大町の比企谷(ひきがやつ)に拠点を置いた後家人、比企能員(ひきよしかず)の一族なのかな?


⑪テニス
 地図によると太平寺跡はこちらのテニスコートらしいのですが、特に太平寺の遺構やら説明板などはありませんでした。


⑫門
 そして来迎寺へ。山号は「満光山」。まん……


⑬本堂
 来迎寺は複数の文化財を所有しています。
 県指定重要文化財の「木造 彩色如意輪観音半跏像」「木造 地蔵菩薩坐像」。鎌倉市指定有形文化財の「木造 跋陀婆羅尊者立像」、本尊「木造 阿弥陀如来及び両脇侍菩薩立像」です。
 本堂の中をチラリと覗かせていただきましたがすべては確認できませんでした。


* * *


 静かな静かな谷戸でした。テニスの音、「ピ~ヒョロロ」と鳥の声、遠く飛行機の音が心地よく聞こえる谷戸でした。タイワンリスはうるさかったけれど。
 このあとは鎌倉でも特に重要な史跡を訪れますが、あまり人も多くなく静かです。


行程:→呉ふくばし跡?→石川邸(旧里見弴邸)→八雲神社→太平寺跡→来迎寺→〈つづく〉
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# by akrk0911 | 2019-11-19 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1

2019.11.16.sat



 半年ぶりの鎌倉です。土曜日ですから大混雑必至の鎌倉です。でも、混雑にはほど遠い鎌倉もまだまだあるのです。


第230回・神奈川徒歩々旅
鎌倉市西御門と周辺の旅 #1





駅①
 なんだか鎌倉の旅はいつもこの写真のような気が。使い回しちゃおうかな。
 さて、今回はとりあえず八幡宮方面へ向かうのですが、大混雑の小町通りは論外で。


②鳥居
 若宮大路も人が多いなあ。


③路地
 ってことでこんな道を。


④宇都宮
 こんな道にはこんな史跡、「宇都宮辻子幕府旧跡」が。ここは数年前に訪れています。
 北条泰時の執権時代に大蔵からこちら(宇都宮辻子)に幕府が移されたのだそうです。日本史で学んだ「御成敗式目」はこの時代のものらしいです。
 なぜ宇都宮かについてはこちらをどうぞ。


⑤狭い
 味のある道です。ご忠告にはおかまいなしに軽自動車が慣れた手つきでスルスル走っていきました。


⑥
 そんなカーブにも幕府跡の碑がありました。「若宮大路幕府旧跡」です。宇都宮辻子幕府の後、鎌倉幕府の終焉までここが幕府の中心だったようですが、場所はまんま宇都宮辻子幕府と同じだそうです。出入口が宇都宮辻子から若宮大路に代わり呼び名が変わったのだとかなんとか。


⑦金澤街道
 鎌倉駅前の二の鳥居からずっと歩いてきた裏道は金沢街道に突き当たって終わります。左へいけば鶴岡八幡宮、鎌倉街道です。今回は右折して朝比奈、横浜市金沢区方面へ行きます。


⑧宝戒寺
 金沢街道はすぐに宝戒寺に突き当たります。道なりに朝比奈方面へ左折します。


⑨谷戸へ
 少し金沢街道を歩いたら谷戸へと分け入ります。宝戒寺の突き当たりを左折し、右にカーブしたあと最初の信号のない交差点を左折した道です。


⑩標識
 だいたいこんな感じの名所・旧跡がある地域です。


⑪西御門
 というわけで今回は鎌倉市の「西御門(にしみかど)」とその周辺を旅します。ところで西御門とは?
 今回ここに至るまでに「宇都宮辻子幕府」「若宮大路幕府」の旧跡を(たまたま)巡ってきましたが、これから歩く現在の西御門は最初に鎌倉幕府が置かれた地、「大蔵幕府」の跡です。幕府の「西の御門」があったことから地名として現在に残っているのだそうです。


⑫横国付属
 こちらは「横浜国立大学教育学部 附属鎌倉中学校」。西の御門はこの敷地内にあったようです。



* * *


 何の気なしに歩いた裏道が今回の旅のいいプロローグになりました。われながらナイスな選択のセンスでした。さて西御門、どんな町なのでしょうか。


行程:鎌倉駅→宇都宮辻子幕府旧跡→若宮大路幕府旧跡→金沢街道→西御門旧跡→〈つづく〉
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# by akrk0911 | 2019-11-18 07:00 | 鎌倉市の旅 | Comments(0)
そば食い日誌・かまくらそば アトレ大船店

2019.11.16.sat



 大船駅には「大船軒」。そんな当たり前の、バカ(オレ)でもわかるその方程式を壊したのがこの店でした。そうなんです。


番外・神奈川徒歩々旅
そば食い日誌・38杯目
**かまくらそば アトレ大船店





 そうなんです。だから敵視していたんです。だから知らんぷりしていたんです。だから一度も入ったことがなかったんです。だから、だから、だから……
 大船駅に大船軒はもうないんです。ホームには跡形があるのですが、もうないんです。ってことで「かまくらそば」に殴り込みです。
 3分ほど待ちましたよ。「ずいぶん待たせるじゃねえかよ」と歯ぎしりしながら待った3分間。「くそー、3分って緑のたぬきかよ」と毒づきながら……
 そして、ついに、敵が目の前に。かき揚げそばとご対面。「お前、ずいぶん評判いいけど、オレは甘くないからな」と脅しをかけてみる。しかし……。鼻孔をくすぐる出汁の香りに一発KO負け! 「ヤバい、コイツ本物だ!」。
 しっかりとした鰹のうま味に上品な醤油の辛味と酸味。茹でたての麺は極上の茹で加減。さっくりと軽く、しかしドロドロにならないかき揚げ。ウララ、ウララ、「ハート狙い撃ち」されちゃいました。
 食べ進めていくうちに感じ始めた甘味。「これ、知ってる味だ」と考えてみる。「あ、大船軒の甘味だ」。食べ始めたときは鰹と醤油の効いた、大船軒とはかけ離れた感じだったのに。これはタマネギの甘味? とにかく私は大船軒を感じるのでした。
 完敗だ。立ち食いのレベルを遥かに超えるクオリティにノスタルジックな大船の象徴、甘いつゆ。打ちのめされたぜい。
 ただし、水がぬるい! ってことは書いておきます。



■ ■ ■ ■ ■


 メニューに「鯵の押寿し」がありました。大船軒が関わっているの? なんだか緑のたぬきにつままれているような感覚に陥るのでした。


所在地:鎌倉市大船1丁目 JR大船駅(改札内)アトレ大船内
かき揚げそば:460円
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# by akrk0911 | 2019-11-17 07:00 | そば食い日誌 | Comments(0)